第76話 格上の壁
昇格挑戦戦。
947位《岩牙の巣》。
忘れられた洞窟の部隊は通路の奥を見つめていた。
そこに立つのは巨大な魔物。
岩牙重兵。
三メートル近い体躯。
岩のような筋肉。
巨大な石槌。
ただ立っているだけで圧迫感があった。
リリスが小さく息を吐く。
「強そうですね」
「ああ」
アルベルトも頷いた。
今まで戦ってきた相手とは格が違う。
新人リーグ上位。
947位ダンジョンの戦力だった。
その時。
岩牙重兵がこちらに気付いた。
目が合う。
直後。
咆哮が洞窟に響いた。
「来るぞ」
森護兵将が前へ出る。
岩牙重兵が突撃した。
床が揺れる。
石槌が振り下ろされる。
森護兵将が真正面から受け止めた。
轟音。
衝撃で地面が砕ける。
だが。
森護兵将の表情が変わった。
重い。
想像以上だった。
足が僅かに沈む。
力負けしている。
リリスが目を見開く。
「押されてる……」
忘れられた洞窟最強の前衛。
その森護兵将が正面から押されていた。
だが。
森護兵将は笑った。
「面白い」
拳を振るう。
命中。
鈍い音が響く。
しかし。
岩牙重兵は大きく後退しただけだった。
硬い。
あまりにも硬い。
防御力まで高い。
リリスが眉をひそめる。
「厄介ですね」
その時。
アダプトロードが前へ出た。
敵を観察する。
動き。
重心。
筋肉。
歩幅。
全てを見る。
そして。
答えを出した。
「左膝」
短い指示だった。
森護兵将が即座に反応する。
踏み込む。
拳。
左膝へ命中。
岩牙重兵の身体が僅かに傾いた。
リリスが理解する。
「弱点ですか」
アダプトロードが頷く。
「重い」
巨体。
高火力。
高防御。
その代わり。
体勢を崩されると立て直しが遅い。
そこを見抜いていた。
次の瞬間。
影が揺れる。
シャドウリーパーだった。
いつの間にか背後へ回り込んでいる。
鋭い爪が足首を切り裂く。
岩牙重兵がさらに体勢を崩す。
「今だ」
アダプトロードが叫ぶ。
森護兵将が飛び込む。
拳。
蹴り。
連撃。
最後は全力の一撃。
轟音と共に岩牙重兵が倒れた。
洞窟が揺れる。
静寂。
勝った。
だが。
誰も喜ばなかった。
リリスがぽつりと言う。
「一体ですよね」
その言葉が重かった。
一体。
たった一体。
隊長でもない。
ボスでもない。
それなのに。
忘れられた洞窟の主力全員で倒した。
947位との差を嫌というほど感じる。
森護兵将も岩牙重兵の死体を見下ろしていた。
「強いな」
珍しく認める。
アルベルトも同じ考えだった。
今までなら森護兵将だけで押し切れた。
だが今回は違う。
アダプトロード。
シャドウリーパー。
森護兵将。
全員が噛み合ってようやく倒せた。
格上の壁。
それを実感する戦いだった。
その時。
アルベルトの視界に文字が浮かぶ。
新規登録候補
岩牙重兵
登録可能
リリスが嫌な顔をした。
「何か考えてますね」
「考えていない」
即答だった。
信用できない。
アルベルトは岩牙重兵を見る。
高耐久。
高火力。
重装甲。
忘れられた洞窟に不足している能力。
魅力的だった。
非常に。
「登録だけだ」
「その台詞も聞き飽きました」
リリスがため息を吐く。
登録だけ。
毎回そう言う。
そして後で配合が始まる。
もはや様式美だった。
その時。
ナイトレイブンウルフが唸った。
全員が振り向く。
二度目だった。
幼体にも関わらず。
誰よりも早く異変を察知している。
耳が立つ。
視線は通路の奥。
アダプトロードも顔を上げた。
「来る」
短く言う。
直後。
影が揺れた。
シャドウリーパーが戻ってくる。
珍しく急いでいた。
地面へ図を描く。
岩牙隊長。
そして。
その両脇。
大きな印が二つ。
リリスの顔が引きつる。
「まさか」
シャドウリーパーが頷く。
岩牙重兵。
二体。
護衛だった。
沈黙が落ちる。
一体でも苦戦した。
それが二体。
さらに隊長付き。
最悪だった。
森護兵将が拳を握る。
シャドウリーパーは静かに影へ沈む。
アダプトロードは地図を見つめる。
考える。
どう戦うか。
正面突破は危険だ。
消耗が大きすぎる。
その時だった。
配合眼が反応する。
アルベルトだけに見える文字。
特殊配合候補検出
アルベルトの目が細くなる。
リリスはその変化を見逃さなかった。
「また何か出ましたね」
「……」
否定しなかった。
それだけで十分だった。
さらに文字が続く。
岩牙重兵
×
???
条件未達成
アルベルトは黙って表示を見つめる。
新しい配合。
まだ条件は足りない。
だが。
確かに存在する。
947位ダンジョンの魔物が素材になる配合。
その事実だけで価値があった。
「こんな時に」
リリスが頭を抱える。
目の前には隊長。
護衛二体。
格上との戦い。
それだけでも十分大変なのに。
アルベルトの頭の中には既に次の配合候補が浮かび始めていた。
通路の奥から重い足音が響く。
ドン。
ドン。
ドン。
岩牙隊長が近付いてくる。
昇格挑戦戦は。
ここからが本番だった。




