第73話 適応の王
ランキング戦まで二日。
忘れられた洞窟。
管理室。
全員が集まっていた。
アダプトナイトゴブリンの進化。
その最終候補が解放されたからだ。
――――――
画面には三つの進化先が並んでいる。
アダプトブレードゴブリン。
アダプトガードゴブリン。
そして。
アダプトロードゴブリン。
――――――
「整理しましょう」
リリスが言う。
全員が画面を見る。
「まずブレードです」
画面が切り替わる。
――――――
アダプトブレードゴブリン
成功率72%
適応力上昇
斬撃適応獲得
敏捷上昇
――――――
「これは個人戦特化ですね」
リリスが説明する。
「シックルマンティスの戦闘様式を取り込んだ進化です」
シャドウリーパーが反応する。
確かに相性は良い。
高速移動。
奇襲。
斬撃。
強力だ。
「単純な戦闘能力なら一番高そうですね」
リリスが言った。
――――――
次。
アダプトガードゴブリン。
――――――
成功率69%
適応力上昇
指揮補助能力獲得
防御上昇
――――――
「こちらは支援型です」
森護兵将を見る。
「前に出て戦う森護兵将とは少し違います」
森護兵将が頷く。
「戦う」
一言だった。
「ガードは後ろから支えるタイプですね」
仲間を守る。
状況へ適応する。
堅実な進化だった。
――――――
そして。
最後。
第三候補。
――――――
アダプトロードゴブリン
成功率58%
適応力大幅上昇
戦闘適応獲得
統率能力獲得
環境適応獲得
成長適性上昇
――――――
空気が変わる。
他の二つとは明らかに違う。
能力数が多い。
そして。
全てがアダプト系統の延長だった。
――――――
「戦闘適応」
アルベルトが呟く。
「環境適応」
リリスが続く。
湿地。
森林。
洞窟。
戦場が変わっても対応できる。
アダプトらしい能力だった。
――――――
さらに。
統率能力。
これが大きい。
ホブゴブリンロード。
ボーンメイジ。
断鎌の森の支配者。
強敵達が持っていた力。
群れを束ねる能力。
――――――
「ロードは」
リリスが言う。
「個人を強くする進化じゃありません」
全員を見る。
「仲間ごと強くする進化です」
沈黙。
それは大きかった。
忘れられた洞窟は少数精鋭。
一体の強化も重要。
だが。
全体強化なら価値はさらに高い。
――――――
「成功率58%か」
アルベルトが呟く。
低い。
かなり低い。
数字だけ見れば半分を少し超える程度。
裏を返せば。
失敗する可能性が四割以上あるということだった。
管理室に重い沈黙が落ちる。
誰も軽々しく口を開かなかった。
強力な進化ほど危険。
それはこの世界の常識だ。
だが。
アダプトナイトゴブリンは画面から目を離さなかった。
――――――
昔。
ただのゴブリンだった。
弱かった。
生き残るだけで精一杯だった。
何度も死にかけた。
運が悪ければ。
今ここにはいない。
だが。
今は違う。
仲間がいる。
守りたい場所がある。
だからこそ迷う。
もし失敗したら。
ランキング戦を目前に控えたこの時期に。
仲間達の戦力を失うことになる。
自分一体の問題ではない。
皆に迷惑をかける。
その重みを理解していた。
――――――
それでも。
視線はロードから離れない。
強くなるだけなら。
ブレードでもいい。
安全を取るなら。
ガードでもいい。
だが。
忘れられた洞窟がこれから先も勝ち続けるなら。
必要なのは自分一人の力ではない。
仲間全員を前へ進ませる力だ。
胸の奥で答えは決まっていた。
怖くないわけではない。
それでも。
進まなければ届かない場所がある。
――――――
「ロードにする」
静かに言う。
迷いはない。
いや。
迷った上での決断だった。
「俺は皆を強くしたい」
その言葉に。
森護兵将が頷く。
シャドウリーパーも静かに頷く。
リリスは小さく笑った。
予想通りだった。
だがその表情には。
わずかな緊張も混じっていた。
――――――
中央広間。
ダンジョンコア前。
進化陣が展開される。
青白い光。
アダプトナイトゴブリンが中央へ立つ。
アルベルトが確認画面を開く。
――――――
アダプトナイトゴブリン
↓
アダプトロードゴブリン
成功率58%
実行しますか?
――――――
数字が浮かぶ。
58%。
何度見ても変わらない。
成功より失敗の未来が近く感じる絶妙な数値。
アルベルトも無言だった。
リリスは腕を組む。
森護兵将は進化陣を見つめる。
誰も楽観していない。
この進化は賭けだ。
だが。
挑まなければ得られない力でもある。
――――――
アダプトナイトゴブリンは深く息を吐く。
仲間達を見る。
皆が見返してくる。
信頼。
期待。
そして心配。
その全てを受け止める。
なら。
応えるしかない。
――――――
「実行」
光が溢れる。
進化開始。
――――――
その時だった。
「ぷに!」
プニシャドウが飛び出した。
「待ちなさい!」
リリスが叫ぶ。
遅い。
プニシャドウは進化陣へ飛び込む。
そして。
ぺちっ。
確認画面を叩いた。
――――――
沈黙。
全員が固まる。
「何してるんですか!」
「ぷに!」
誇らしげだった。
意味は不明。
――――――
次の瞬間。
進化陣が金色に変わる。
アルベルトの目が細くなる。
見覚えがあった。
シャドウリーパーの時と同じだ。
――――――
画面更新。
――――――
大成功発生
特殊進化実行
――――――
リリスが頭を抱える。
「またです!」
「まただな」
アルベルトは少しだけ笑った。
先ほどまで張り詰めていた空気が。
ほんの少しだけ緩んだ。
――――――
光が爆発する。
眩しい。
何も見えない。
そして。
数十秒後。
光が消える。
――――――
そこに立っていたのは。
以前より洗練された姿。
無駄がない。
威圧感だけではない。
知性。
判断力。
統率者としての雰囲気。
それがあった。
――――――
個体名
アダプトロード
新種認定
――――――
また新種。
忘れられた洞窟三体目の新種だった。
――――――
アルベルトは即座に解析する。
そして。
固まった。
――――――
アダプトロード
戦闘適性:高
統率適性:極高
適応能力:極高
成長適性:高
特殊能力
適応共有
適応指揮
――――――
「二つ?」
リリスが驚く。
通常のロードには存在しない能力だった。
――――――
まず。
適応指揮。
味方の特性を把握し。
最適な行動を導き出す。
森護兵将を前へ。
シャドウリーパーを側面へ。
その時々で最善を選ぶ。
統率能力の上位版だった。
――――――
そして。
もう一つ。
適応共有。
アルベルトは説明を読み。
目を見開いた。
――――――
戦闘中に得た対応策や経験を
仲間へ共有する
――――――
沈黙。
理解した瞬間。
リリスも固まった。
――――――
森護兵将が敵の攻撃を見抜く。
アダプトロードが共有する。
仲間全員が対応する。
――――――
シャドウリーパーが弱点を発見する。
共有する。
仲間全員が知る。
――――――
経験が。
知識が。
対応策が。
部隊全体へ広がる。
――――――
「これは……」
リリスが言葉を失う。
ホブゴブリンロードは強かった。
だが。
あれは数で戦う統率者。
――――――
アダプトロードは違う。
学ぶ。
適応する。
共有する。
成長する。
――――――
アルベルトは静かに頷く。
「強い」
珍しく即答だった。
「ホブゴブリンロードとは別物だ」
それが率直な評価だった。
――――――
アダプトロードは周囲を見る。
仲間達を見る。
そして。
少しだけ笑った。
「悪くない」
進化成功。
それだけではない。
58%の壁を越えた先で。
忘れられた洞窟は。
また新しい武器を手に入れた。
――――――
プニシャドウが跳ねる。
「ぷに!」
全員が見る。
元凶だった。
そして。
功労者でもあった。
リリスは深いため息を吐く。
「本当に何なんですか、その幸運は……」
プニシャドウは嬉しそうだった。
ランキング戦まで二日。
昇格挑戦戦は目前。




