第6話 勝ち筋
忘れられた洞窟へ戻った頃には、空はすっかり赤く染まっていた。
洞窟へ入るなり、アルベルトは真っ先にダンジョンコアの前へ向かった。
「お疲れ様でしたー……」
リリスはその場に座り込む。
精神的な疲労が大きい。
敵地の近くまで行かされるとは思わなかった。
しかも。
「普通、偵察ってもっと安全にやるものじゃないですか?」
「そうなのか?」
「そうなんです」
アルベルトは首を傾げた。
本気で分かっていない顔だった。
リリスは諦めた。
この人に常識を期待してはいけない。
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アルベルトは机代わりの岩へノートを広げる。
学園時代から使い続けている研究ノートだ。
既に何冊も使い潰している。
「何してるんです?」
「整理だ」
「偵察結果ですか?」
「ああ」
リリスも興味が湧いた。
隣へ座る。
アルベルトがペンを走らせる。
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《灰色の穴蔵》
推定環境
・乾燥型
・岩盤主体
・坑道系ダンジョン
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確認魔物
・ゴブリン亜種
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推定戦力
・ゴブリン系複数
・コボルト系統あり
・採掘特化魔物あり
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リリスが首を傾げた。
「推定が多いですね」
「当然だ」
「当然なんですか?」
「中に入っていないからな」
それはそうだった。
しかし。
リリスには疑問がある。
「でもコボルトなんて見てませんよ?」
アルベルトはペンを止める。
「毛があった」
「毛?」
「茶色い毛」
「ああ」
確かに見た。
木に引っかかっていた。
だが。
それだけで種族まで分かるものなのだろうか。
「コボルトの冬毛だ」
「分かるんですか?」
「分かる」
即答だった。
リリスは聞く相手を間違えた気がした。
⸻
アルベルトは次のページを開く。
そこには簡単な地図が描かれていた。
敵ダンジョン周辺の地形である。
「見ろ」
「はい」
「足跡があった」
「はい」
「外へ向かうものが多い」
「はい」
「つまり巡回している」
「なるほど?」
「縄張り意識が強い証拠だ」
リリスは何となく頷く。
少しだけ分かる気がした。
「あと、採掘痕もある」
「採掘痕?」
「岩壁」
アルベルトは地図の一角を指差した。
「削れていた」
「そんなところまで見てたんですか」
「当然だ」
当然ではない。
普通は見ない。
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アルベルトは続ける。
「つまり」
「つまり?」
「灰色の穴蔵は採掘型ダンジョンだ」
リリスは首を傾げた。
「それって重要なんです?」
「重要だ」
アルベルトは頷く。
「採掘型は数を揃えやすい」
「へぇ」
「だが強い個体は少ない」
「どうしてです?」
「戦闘より労働向きだからな」
リリスは少し感心した。
なるほど。
言われてみればそうだ。
鉱石を掘るなら大量の魔物が必要になる。
つまり。
一体一体は弱くても数が増える。
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「じゃあ相手は大軍?」
「恐らく」
「うわぁ……」
ただでさえ不利なのに。
数まで負けているらしい。
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アルベルトは自軍の戦力を書き出した。
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スライム三体
ゴブリン一体
リリス一人
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以上。
見事なまでに少ない。
「改めて見ると酷いですね」
「酷いな」
「否定してくださいよ」
否定できなかった。
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しばらく沈黙する。
リリスは考える。
相手は大軍。
こちらは少数。
どうするのだろう。
その時。
アルベルトが言った。
「数では勝てない」
「そうですね」
「なら質を上げる」
「……配合ですか」
アルベルトが頷く。
ようやく話が繋がった。
偵察した理由。
敵を分析した理由。
全てここへ繋がる。
⸻
普通のダンジョンなら。
ゴブリンを増やす。
スライムを増やす。
数を揃える。
しかし忘れられた洞窟には時間がない。
ランキング戦まで二日。
今から繁殖を待つ余裕もない。
ならば。
少ない戦力を強化するしかない。
⸻
アルベルトはゴブリンを見る。
最後の一体。
貴重な戦力だ。
失えば後がない。
リリスも理解していた。
だからこそ聞く。
「失敗したら?」
「戦力が減る」
「ですよね」
「かなり困る」
「ですよね」
それでもアルベルトは迷わない。
理由がある。
⸻
彼はゴブリンの前へしゃがみ込む。
配合眼が発動した。
情報が浮かぶ。
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ゴブリン
筋力E
知能E
適応力C
成長性E
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スライム
再生能力D
柔軟性C
魔力E
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リリスには見えない情報。
だが。
実際にアルベルトが見ているのはそれだけではなかった。
彼の頭の中には。
何百冊もの資料。
論文。
生態記録。
失敗事例。
成功例。
それらが蓄積されている。
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適応力。
再生能力。
環境耐性。
生存能力。
肉体構造。
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点と点が繋がる。
「大丈夫だ」
アルベルトが言った。
「成功する」
「何でです?」
「相性が良い」
「だから何で分かるんです?」
アルベルトは少し考える。
説明が難しい。
感覚ではない。
だが理論を説明できるほど整理されてもいない。
だから。
「経験だな」
「絶対違いますよね?」
リリスが即座に言った。
学園を卒業したばかりの男の経験で説明できる話ではない。
⸻
アルベルトは立ち上がる。
そして。
ダンジョンコアへ手を伸ばした。
「始めるぞ」
洞窟が静まり返る。
ゴブリン。
スライム。
二体の魔物が光に包まれた。
戦力を賭けた配合。
ランキング戦まで残り二日。
忘れられた洞窟の未来は。
今、この一回に懸かっていた。




