第59話 失敗作
翌日。
忘れられた洞窟管理室。
リリスは朝から嫌な予感がしていた。
非常に。
とても。
嫌な予感がしていた。
理由は簡単。
アルベルトが静かだったからだ。
「主殿」
アダプトナイトゴブリンも警戒している。
「なんだ」
「静か」
「そうか?」
「危険」
リリスも頷く。
普段のアルベルトなら配合候補を見ながら独り言を言う。
しかし今日は違う。
静かに考えている。
これは危険信号だった。
そして案の定。
アルベルトが立ち上がる。
「決めた」
「何をですか」
「配合だ」
「却下」
「却下」
二人の声が重なった。
しかし遅い。
アルベルトはすでに配合画面を開いていた。
【ジェルスライム】
【シャドウウルフ】
成功率19%
予測結果
???
「主殿」
「なんだ」
「十九%」
「そうだな」
「八十一%で失敗する可能性」
「そうだな」
「却下」
「却下です」
アルベルトは少し考える。
そして言った。
「だが未知だ」
リリスが顔を覆った。
アダプトナイトゴブリンは空を見上げた。
もう止まらない。
知っている。
主殿はこういう時だけ異様に頑固だ。
「開始」
光が溢れる。
配合開始。
管理室に緊張が走る。
十秒。
二十秒。
三十秒。
そして。
【特殊配合成功】
静寂。
「え?」
リリスが固まる。
成功した。
十九%を引き当てた。
アルベルトが笑う。
「ほらな」
「成功しただけです」
「まだ分からない」
アダプトナイトゴブリンは冷静だった。
その直後。
光が収まる。
そして。
現れた魔物を見て。
全員固まった。
小さい。
とにかく小さい。
ぷるぷるしている。
黒い。
丸い。
弱そう。
「……」
「……」
「……」
それは一生懸命立ち上がった。
しかし。
転んだ。
ぽてっ。
沈黙。
リリスが確認する。
「成功ですよね?」
「成功」
アダプトナイトゴブリンが表示を確認する。
【プニシャドウ】
【希少種】
【特性】
・影潜伏
・魔力吸収
・分裂可能
・???
「弱そうですね」
「弱そう」
アダプトナイトゴブリンも頷く。
プニシャドウは必死に威嚇した。
「ぷに!」
可愛かった。
全く怖くない。
その時。
ナイトレイヴンウルフが近づく。
プニシャドウ。
逃げる。
転ぶ。
転がる。
壁にぶつかる。
さらに転ぶ。
「弱いですね」
「弱い」
満場一致だった。
アルベルトだけが違った。
「面白いな」
「どこがですか」
「未知だ」
リリスは知っていた。
この男はこういう失敗作が好きだ。
その頃。
洞窟の外。
新人冒険者パーティーが忘れられた洞窟へ向かっていた。
四人組。
最近評判になっているダンジョンの調査依頼である。
「本当に強いのか?」
「954位だろ?」
「急成長中らしいぞ」
半信半疑だった。
だが。
彼らは知らない。
忘れられた洞窟が以前の弱小ダンジョンではないことを。
数時間後。
冒険者達が侵入する。
第一層。
静かだった。
「普通じゃないか?」
「そうだな」
その時。
草むらから影が飛び出した。
シャドウウルフ。
さらに左右からフォレストウルフ。
そして。
後方からジェルウルフ。
「連携してる!?」
冒険者達が驚く。
普通の魔物ではない。
隊列。
包囲。
役割分担。
完全に訓練されていた。
その奥。
高台の上。
アダプトナイトゴブリンが腕を組んでいる。
「主殿の領域」
その言葉と同時に。
魔物達が動く。
戦闘開始。
十分後。
冒険者達は撤退していた。
全滅ではない。
だが完敗だった。
「なんだあのダンジョン……」
「魔物が指揮されてたぞ……」
彼らは震えていた。
そして。
その噂は少しずつ広がる。
忘れられた洞窟。
急成長する特殊配合型ダンジョン。
魔物が軍隊のように動く異常な場所。
少しずつ。
確実に。
その名は周囲へ広がり始めていた。
一方。
管理室。
プニシャドウは隅で丸くなっていた。
誰にも期待されていない。
誰にも注目されていない。
しかし。
その時だった。
管理室の床に落ちていた魔力結晶の欠片。
プニシャドウが近づく。
ぱくっ。
食べた。
次の瞬間。
身体が少し大きくなる。
沈黙。
リリスが瞬きをした。
アダプトナイトゴブリンも見る。
プニシャドウ。
もう一つ食べる。
さらに大きくなる。
「……主殿」
「なんだ」
「興味深い」
リリスが振り返る。
アダプトナイトゴブリンを見た。
「今なんて言いました?」
「興味深い」
「感染が始まってる!」
アルベルトは満足そうに笑った。
そして画面を開く。
プニシャドウ。
そのステータスの最後。
今まで表示されていなかった項目が現れていた。
【成長型特殊個体】
沈黙。
今度はアルベルトだけでなく。
リリスも。
アダプトナイトゴブリンも。
同じことを思った。
――これは本当に失敗作なのか?
忘れられた洞窟に生まれた小さな黒いスライム。
誰も期待していないその存在が。
後に大きな波乱を呼ぶことになる。




