第55話 昇格挑戦戦
昇格挑戦戦当日。
忘れられた洞窟全体が静かな緊張に包まれていた。
アルベルトは早朝から管理室に座り、戦力一覧を眺めている。
リリスはその様子を見ながら少し驚いていた。
「落ち着いていますね」
「そうか?」
「絶対に配合候補を見ていると思っていました」
「見ていたぞ」
「やっぱり」
期待した自分が馬鹿だった。
アルベルトは真顔で画面を閉じる。
そこにはしっかりとグレイファングロードの配合候補が表示されていた。
成功率82%。
何度見ても魅力的だ。
しかし。
今日は違う。
今日は戦う日だ。
「勝ってからだな」
「その言葉が聞けただけで安心しました」
リリスは本気だった。
今ここで配合を始められたら、さすがに止める自信がない。
その時。
通知が鳴る。
【昇格挑戦戦 開始】
【転送準備】
【対象順位 970位】
【対戦候補抽選中】
専用戦場が展開される。
忘れられた洞窟ではない。
ランキング戦専用空間。
ダンジョンコア同士が接続され、戦力だけで競う特殊な戦場だ。
数秒後。
対戦相手が表示された。
【954位】
【鉄壁の坑道】
「954位」
リリスが息を呑む。
一気に16順位上。
かなり格上だ。
詳細情報が表示される。
支配魔物。
アイアンタートル。
ストーンゴーレム。
アイアンリザード。
「防御型ですね」
「ああ」
しかも厄介だ。
全体的に耐久寄り。
忘れられた洞窟が苦手なタイプだった。
アルベルトは戦場情報を確認する。
岩場。
狭い通路。
天然障害物多数。
明らかに相手向き。
「嫌な地形ですね」
「だから勝つ価値がある」
アルベルトは立ち上がった。
戦場へ転送。
次の瞬間。
景色が変わる。
広大な岩山。
巨大な坑道。
そして遠方には敵ダンジョンコア。
戦力も見える。
予想以上だった。
アイアンタートル五体。
ストーンゴーレム六体。
アイアンリザード十体以上。
完全な重装軍団。
「硬そうですね」
「硬いだろうな」
リリスは頭が痛くなった。
忘れられた洞窟は機動力型。
対する相手は防御特化。
相性は悪い。
しかし。
その時。
アダプトナイトゴブリンが前へ出た。
進化したばかりの新幹部。
静かに周囲を見回す。
すると。
配下達の動きが変わった。
フォレストウルフ。
ジェルウルフ。
シャドウウルフ。
今までより明らかに統率が取れている。
「おお」
アルベルトが感心する。
リリスも驚いた。
戦術補正。
部隊指揮。
想像以上だ。
【軍団補正発動】
【統率力上昇】
【連携補正上昇】
通知が流れる。
「当たりでしたね」
「ああ」
配合士らしい感想だった。
戦闘開始。
まず動いたのは敵。
ストーンゴーレム部隊が前進する。
重い。
遅い。
だが止まらない。
普通なら正面衝突は避ける。
しかし。
アダプトナイトゴブリンが指示を出した。
ウルフ隊が左右へ分散。
側面包囲。
鋼影狼隊が背後へ回る。
「自分で考えてますね」
リリスが驚く。
今まではアルベルトの命令が必要だった。
だが今は違う。
現場判断をしている。
幹部だ。
本物の。
戦況が動く。
ストーンゴーレムの足元へジェルウルフ隊が突撃。
粘液で移動阻害。
そこへ鋼影狼。
関節部を集中攻撃。
一体撃破。
二体撃破。
しかし。
敵も強い。
アイアンタートルが前進する。
圧倒的防御力。
攻撃が通らない。
さらにアイアンリザードが反撃。
前線が押され始める。
「まずいですね」
「ああ」
そこで。
アルベルトは切り札を投入した。
シャドウリーパー。
黒い死神が戦場へ現れる。
一瞬で空気が変わる。
アイアンリザードが斬られる。
ストーンゴーレムが崩れる。
敵陣が混乱する。
だが。
それでも終わらない。
954位。
やはり格上だった。
その時。
敵後方。
巨大な影が動いた。
今まで姿を見せていなかった個体。
体長五メートルを超える巨大亀。
全身が鋼鉄の要塞のようだった。
【アイアンフォートタートル】
【ボス個体】
リリスが青ざめる。
「いましたか……」
「なるほど」
アルベルトの目が光る。
「格上だな」
「喜ぶところじゃありません」
ボスが動く。
一歩。
二歩。
それだけで地面が揺れる。
そして。
口を開いた。
次の瞬間。
鋼鉄の砲弾のような魔力弾が放たれる。
轟音。
爆発。
前線が吹き飛ぶ。
鋼影狼ですら耐え切れない。
「強いですね」
「強いな」
しかし。
アルベルトは笑っていた。
久しぶりだった。
ここまで明確な格上との戦いは。
新人リーグ970位。
忘れられた洞窟。
昇格挑戦戦。
そして目の前には954位の壁。
だが。
アルベルトの頭の中には恐怖より先に別の感情があった。
――勝ったら登録できるな。
「顔に出てます」
「そうか?」
「出てます」
リリスは呆れながらも少し笑った。
この男は変わらない。
だからこそ。
ここまで這い上がってきた。
戦いはまだ終わらない。
忘れられた洞窟最大の激戦が、ここから始まろうとしていた。




