第51話 昇格挑戦戦前夜
昇格挑戦戦まで残り三日。
忘れられた洞窟はかつてない忙しさに包まれていた。
理由は単純だ。
戦力不足。
正確には、戦力の偏りだった。
シャドウリーパーは強い。
鋼影狼も強い。
そしてナイトレイヴンウルフという将来性の塊までいる。
だが問題は、その中間層だった。
「エースだけでは戦争は勝てません」
リリスが資料を並べながら言う。
「その通りだな」
「珍しく素直ですね」
「事実だからな」
昇格挑戦戦ではダンジョン同士が専用戦場で激突する。
冒険者戦のように罠だけでは勝てない。
エース一体で無双できるほど甘くもない。
総合力が必要だ。
現在の忘れられた洞窟は。
S級 シャドウリーパー
A級 鋼影狼
B級 ジェルウルフ
C級 その他
そんな構成だった。
「中堅が弱いですね」
「弱いな」
「だから前線が崩れます」
「その通りだ」
リリスは一枚の資料を差し出した。
そこには昇格戦候補の分析結果が表示されている。
950位台。
947位。
944位。
941位。
どれも970位付近より一段強い。
特に目立ったのは。
「召喚石か」
「召喚石ですね」
多くのダンジョン主は召喚士系統だった。
配合士のような特殊能力は持たない。
代わりに召喚石による戦力補充を行う。
ガチャに近い仕組みだ。
運良く強力な召喚石を引けば一気に戦力が増える。
だから戦力の厚みがある。
「ズルいな」
「運も実力です」
「嫌な言葉だ」
リリスは少し笑った。
アルベルトは配合士としては天才だ。
だが召喚運は平均的だった。
だからこそ配合に全てを注いでいる。
その時。
洞窟奥から轟音が響いた。
ドゴンッ!
「またですか」
「まただな」
二人は急いで向かう。
そこには。
壁に頭から突っ込んでいるナイトレイヴンウルフがいた。
「何してるんだ」
返事はない。
当然である。
魔物だからだ。
だが様子を見る限り。
飛行訓練中に失敗したらしい。
巨大な翼をばたつかせている。
「頭悪いですね」
「幼体だからな」
「可愛いで許される段階じゃありません」
ようやく壁から抜け出したナイトレイヴンウルフがアルベルトへ近付く。
そして。
ぐい。
頭を押し付ける。
「懐いてますね」
「懐いているな」
世界初個体。
伝説級候補。
推奨保有順位500位以上。
その割にやっていることは大型犬だった。
しかし。
リリスは気付く。
「待ってください」
「どうした」
「大きくなってません?」
アルベルトも見る。
確かに。
数日前より一回り大きい。
システムを開く。
【ナイトレイヴンウルフ】
成長率 12%
二人は固まった。
「12%?」
「この前まで0%でしたよね」
たった数日。
しかもDPは投入していない。
なのに成長している。
詳細を見る。
原因はすぐに分かった。
【高品質魔力吸収】
【周囲環境から成長】
「なるほど」
アルベルトの目が輝く。
リリスは嫌な予感がした。
「その顔やめてください」
「育成コストが下がる」
「そこですよね」
普通なら。
成長した。
良かった。
で終わる。
アルベルトは違う。
どうやって効率化するか考える。
研究者脳だった。
その時。
また通知が現れた。
【情報解析完了】
【新規配合候補追加】
アルベルトが反応する。
リリスは頭を抱える。
嫌な予感しかしない。
追加された候補は三件。
そのうち二件は普通だった。
しかし最後の一件で二人は止まった。
【アースベア】
【アイアンリザード】
【ストーンゴーレム】
複合配合候補
成功率 54%
予測結果
【重装系統】
「高いですね」
「高いな」
今までの複合配合では最高成功率だった。
しかも。
現在不足している前衛強化。
まさに欲しかった戦力。
アルベルトは候補を見つめる。
リリスも見つめる。
数秒。
十秒。
三十秒。
そして。
「やるか」
「やりますよね」
当然だった。
昇格挑戦戦まで残り三日。
戦力を増やす最後の機会。
失敗しても痛い。
成功すれば大きい。
まさに勝負所だった。
配合陣が展開される。
アースベア。
アイアンリザード。
ストーンゴーレム。
三体の魔物が光に包まれていく。
54%。
高い。
しかし半分近くは失敗する。
今までとは違う緊張感があった。
リリスも無言になる。
アルベルトも結果を見守る。
光が膨れ上がる。
魔力が暴れる。
洞窟全体が震える。
そして。
次の瞬間。
バキッ――
嫌な音が響いた。
配合陣に亀裂が走る。
「え?」
リリスが目を見開く。
アルベルトも初めて見る現象だった。
暴走。
魔力が制御を失う。
光が弾ける。
轟音。
衝撃。
そして――
【複合配合失敗】
二人は固まった。
初めてだった。
本格的な複合配合失敗は。
煙が晴れる。
そこには。
何も残っていなかった。
素材三体。
消失。
DP消費。
回収不可。
沈黙。
長い沈黙。
そして。
「……失敗したな」
アルベルトが呟く。
リリスは恐る恐る聞いた。
「落ち込みます?」
アルベルトは少し考える。
そして。
「いや」
「はい?」
「失敗データが取れた」
リリスは天を仰いだ。
やっぱりこの男は普通じゃない。
昇格挑戦戦まで残り三日。
忘れられた洞窟は初めての大きな失敗を経験する。
だがアルベルトの目は、まったく折れていなかった。
むしろ。
少しだけ楽しそうだった。




