第4話 最下位ダンジョンの現実
「つまり、ここが私の家ですか?」
リリスは洞窟の中を見回した。
もう一度見回した。
さらに見回した。
そして結論を出す。
「何もありませんね」
「何もないな」
「認めるんですね」
「事実だからな」
アルベルトは即答した。
リリスは深いため息を吐く。
生まれてまだ半日。
それなのに既に将来への不安が膨らんでいた。
洞窟。
石。
スライム。
ゴブリン。
変人。
以上。
「お城とかありません?」
「ない」
「執務室は?」
「ない」
「寝室は?」
「ない」
「秘書室は?」
「まず執務室がないんだぞ」
「終わってますね」
アルベルトも否定できなかった。
実際、終わりかけている。
彼はダンジョンコアへ視線を向けた。
そこに表示された情報を確認する。
⸻
《忘れられた洞窟》
順位:998位
所属魔物:6
ダンジョンポイント:11
⸻
昨日は12だった。
今日見たら11になっていた。
理由は不明。
しかし減っている。
良い状況ではない。
「質問があります」
リリスが手を挙げた。
「何だ」
「ダンジョンポイントって何です?」
アルベルトは少し考えた。
「命だな」
「雑です」
「ダンジョンの寿命と言ってもいい」
「それは重要そうですね」
「重要だ」
ポイントが尽きればダンジョンは衰退する。
最終的には消滅する。
だから全てのダンジョンマスターはポイントを稼ぐ。
冒険者を倒し。
資源を生み出し。
ランキングを上げる。
それが仕事だった。
「ちなみに十一って?」
「かなり少ない」
「かなり?」
「下位でも数百はある」
リリスは空を見上げた。
洞窟なので天井しかなかった。
⸻
その時だった。
ダンジョンコアが光る。
二人は同時に振り返った。
見慣れない文字が浮かび上がる。
⸻
ランキング戦開催通知
対戦相手
997位《灰色の穴蔵》
開催まで3日
⸻
「……」
「……」
沈黙。
最初に口を開いたのはリリスだった。
「ランキング戦って何です?」
「順位を争う戦いだ」
「嫌な予感しかしません」
アルベルトも同意だった。
通知を読み進める。
対戦相手。
開催日時。
勝利報酬。
敗北ペナルティ。
様々な情報が並んでいる。
しかし。
最も重要な情報がなかった。
「相手の戦力は?」
リリスが尋ねた。
アルベルトは表示を探す。
無い。
どこにも無い。
「非公開らしい」
「え?」
「見えない」
「そんなことあります?」
「あるようだ」
リリスは頭を抱えた。
戦う相手がいる。
三日後に戦う。
だが何がいるか分からない。
理不尽極まりない。
「運営は何を考えているんですか」
「知らん」
「運営いるんですか?」
「それも知らん」
ダンジョンランキングは世界の根幹システムだ。
誰が作ったのかも分からない。
昔から存在している。
だから誰も文句を言えない。
言っても意味がない。
「どうするんです?」
リリスが聞く。
アルベルトは少し考えた。
普通のダンジョンマスターなら困るだろう。
情報がない。
準備できない。
相手が何を使うか分からない。
しかし。
アルベルトは違った。
「調べればいい」
「どうやってです?」
「相手を見れば分かる」
「見れないから困ってるんですが」
アルベルトは真顔だった。
「魔物には癖がある」
「はい?」
「足跡が残る」
「はい?」
「食べ跡も残る」
「はい?」
「住処も残る」
リリスは嫌な予感しかしなかった。
アルベルトの目が輝いている。
研究対象を見つけた時の顔だ。
「まさか」
「偵察に行く」
「敵地にですか!?」
「敵地だな」
「普通に危なくないですか!?」
「危ないな」
「危ないならやめましょう!」
しかしアルベルトは聞いていない。
既にノートを取り出している。
ページを開き。
何やら書き始めた。
「997位か」
「聞いてください」
「順位差は1」
「聞いてください」
「環境も近い可能性が高いな」
「聞いてませんねこの人!」
洞窟にリリスの声が響く。
しかしアルベルトは止まらない。
むしろ楽しそうだった。
未知のダンジョン。
未知の魔物。
未知の環境。
彼にとっては恐怖ではなく好奇心の対象だった。
そして。
リリスはまだ知らない。
目の前の男が学園で「魔物図鑑の化身」と呼ばれていたことを。
そしてアルベルト自身もまだ知らない。
自分が当たり前だと思っている魔物知識が、他の配合士たちとは少し違うレベルにあることを。
三日後のランキング戦。
その準備は、まず敵を知ることから始まるのだった。




