第3話 最初の配合
翌朝。
アルベルトはダンジョンコアの前に座り込んでいた。
手元にはノートが三冊。
昨夜から書き続けた考察である。
「夢魔の欠片……」
紫色の結晶を眺める。
相変わらず正体は分からない。
文献で読んだことはある。
だが実物を見たことはない。
そもそも夢魔系統の魔物自体が極めて珍しい。
学園の図書館にも記録は数冊しか存在しなかった。
「問題は相性だな」
アルベルトは近くにいるゴブリンへ視線を向けた。
配合眼が反応する。
⸻
ゴブリン
特徴
・適応力 C
・筋力 E
・知能 E
・成長性 E
⸻
ここまでは普通だ。
配合士なら誰でも見える。
問題はその先だった。
アルベルトは顎に手を当てる。
「適応力が高い」
適応力。
多くの配合士が軽視する項目だ。
筋力や魔力ほど分かりやすくないからである。
だがアルベルトは違う。
図書館で読んだ数百冊の資料。
失敗事例集。
古い研究論文。
それらを思い返す。
「環境適応能力が高い種は異種融合率も高い傾向がある」
もちろん絶対ではない。
ただの仮説だ。
だが。
当たっていることが多い。
少なくとも文献上では。
「夢魔系統が精神寄生型なら……」
ぶつぶつと独り言を呟く。
ゴブリンが不安そうに見ていた。
「安心しろ」
アルベルトは真面目な顔で言う。
「死ぬ可能性はそこまで高くない」
ゴブリンは全く安心していなかった。
⸻
本来。
配合とは博打だ。
だから配合士は嫌われる。
成功するか分からない。
結果も分からない。
素材だけ消える。
それが普通だった。
しかし。
アルベルトには昔から違和感があった。
なぜ皆、何も考えずに配合するのだろう。
なぜ特徴を見ないのだろう。
なぜ記録を取らないのだろう。
魔物には生態がある。
法則がある。
ならば配合にも法則があるはずだ。
そう考えていた。
「やってみるか」
アルベルトは立ち上がった。
ゴブリンを前に出す。
夢魔の欠片を取り出す。
ダンジョンコアへ魔力を流した。
するとコアが淡く光り始める。
配合機能。
全てのダンジョンに存在する基本設備だ。
もっとも利用する者は少ない。
失敗するから。
「配合開始」
光が広がる。
ゴブリンが驚いたように後退る。
夢魔の欠片が浮かび上がった。
紫色の光。
緑色の光。
二つがゆっくり混ざり合う。
アルベルトは目を離さない。
配合結果を記録するためだ。
普通なら祈る場面だろう。
だが彼は違う。
観察していた。
ひたすら観察していた。
「魔力反応は安定しているな……」
誰も聞いていない独り言を漏らす。
やがて。
光が爆発した。
⸻
ドォン!!
⸻
洞窟全体が揺れる。
天井から砂が落ちた。
アルベルトは慌ててノートを守る。
「おお」
まずそこだった。
自分の身よりノート。
ある意味才能である。
光が収まる。
煙が晴れる。
そして。
そこにいた。
小柄な少女だった。
銀色の髪。
頭には小さな角。
背中には黒い羽。
年齢は十代半ばほどに見える。
紫色の瞳がゆっくり開いた。
少女は周囲を見回す。
そして。
アルベルトを見た。
数秒の沈黙。
やがて少女が口を開く。
「……ここは?」
透き通るような声だった。
アルベルトはノートを開く。
記録。
最優先である。
「興味深い」
「は?」
「会話能力あり」
「いや待ちなさい」
「知能も高いな」
「だから待ちなさいと言ってるでしょう!」
洞窟に少女の声が響く。
アルベルトは顔を上げた。
初めてまともに相手を見る。
「名前はあるか?」
「いきなりですか!?」
「重要だ」
「重要なんですか!?」
「重要だ」
少女は頭を抱えた。
生まれて一分も経っていない。
だが既に理解していた。
目の前の男は少しおかしい。
いや。
かなりおかしい。
アルベルトは真剣な顔だった。
「では仮称でリリスと呼ぶ」
「勝手に決めた!?」
「嫌か?」
「そういう問題じゃありません!」
アルベルトはノートへ書き込む。
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個体名:リリス
知能:高
会話能力:有
ツッコミ能力:極めて高
⸻
「最後の項目いります!?」
「必要だ」
「必要じゃないです!」
洞窟に声が響く。
アルベルトは少しだけ満足そうに頷いた。
成功だ。
少なくとも失敗ではない。
そして。
配合眼を使っても見たことのない存在だった。
つまり。
完全な新種。
アルベルトの研究者魂が震える。
一方でリリスは思っていた。
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なんですかこの人。
⸻
こうして。
実質最下位ダンジョンに、
世界初の配合種と、
それを作った変人ダンジョンマスターが誕生したのだった。




