第2話 忘れられた洞窟
王都を出発してから半日。
馬車を乗り継ぎ、さらに徒歩で山道を進んだ先に、それはあった。
「……なるほど」
アルベルトは目の前の光景を見上げた。
忘れられた洞窟。
世界ランキング九百九十八位。
実質最下位のダンジョン。
その入口は想像以上に地味だった。
巨大な城があるわけでもない。
高い塔がそびえているわけでもない。
ただ岩山の中腹にぽっかりと口を開けた洞窟。
看板でもなければ見落としそうなほど存在感が薄い。
「本当にここなのか?」
念のため渡された資料を確認する。
間違いない。
地図も一致している。
アルベルトは少しだけ期待した。
もしかしたら協会の調査でも見つけられなかった秘密があるのではないかと。
三十一年間も存続した理由が隠されているのではないかと。
だが外から見る限り、ただの洞窟だった。
「ますます興味深いな」
普通なら落胆する場面かもしれない。
だがアルベルトは違う。
謎が解けないなら調べればいい。
それだけの話だった。
洞窟の中へ足を踏み入れる。
ひんやりとした空気が頬を撫でた。
薄暗い通路を進む。
途中で魔物に襲われることもなかった。
罠もない。
警戒する必要がないほど平和だった。
十分ほど歩いたところで広い空間へ出る。
その中心に青白い結晶が浮かんでいた。
ダンジョンコアだ。
ダンジョンの心臓。
全てのダンジョンマスターが管理する中枢。
アルベルトはゆっくり近付く。
するとコアが淡く輝いた。
継承が認証されたのだろう。
頭の中に情報が流れ込んでくる。
⸻
《忘れられた洞窟》
順位:998位
ダンジョンポイント:12
所属魔物:5
保有施設:なし
保有資源:なし
危険度:最低
⸻
「……ひどいな」
思わず口に出た。
ここまで何もないとは予想していなかった。
ダンジョンポイント十二。
下位ダンジョンでも普通は数百はある。
十二はもはや誤差だ。
所属魔物も五体しかいない。
アルベルトは周囲を見回した。
いた。
スライムが三体。
ゴブリンが二体。
以上。
本当に以上だった。
「なるほど」
アルベルトはしゃがみ込み、近くにいたゴブリンを観察する。
小柄な体。
粗末な棍棒。
ごく普通のゴブリンだ。
その瞬間。
視界に文字が浮かんだ。
⸻
ゴブリン
ランク:F
特徴
・適応力 C
・筋力 E
・知能 E
・成長性 E
⸻
配合候補
スライム 成功率94%
コボルト 成功率71%
オーク 成功率13%
⸻
配合眼。
配合士だけが持つ特殊能力で、魔物の特性と相性を見抜く力だ。
一般の配合士は経験と勘に頼る。
だがアルベルトの配合眼は少し違う。
どの組み合わせが成功しやすいのか視認できる。
だからこそ配合士になった。
もっとも、その能力を理解してくれる者は学園にほとんどいなかったが。
「やはり面白い」
アルベルトは口元を緩める。
成功率九十四パーセント。
ゴブリンとスライムの相性はかなり良いらしい。
学園では配合実習の機会が少なかった。
素材が高価だからだ。
だから実際に能力を試すのはこれが初めてに近い。
「まずは記録だな」
アルベルトは鞄からノートを取り出した。
魔物観察記録帳。
学園時代から使い続けている愛用品だ。
ゴブリンの特徴を書き込む。
スライムの特徴も書き込む。
そして予想される配合結果について考察を書き始めた。
気付けば三十分ほど経っていた。
ゴブリンたちは不思議そうに彼を見ている。
「待て。今重要な仮説を考えている」
ゴブリンに説明しても仕方ない。
だがアルベルトは真面目だった。
さらに記録を続ける。
一時間。
二時間。
気付けば外は夕方になっていた。
その時だった。
ふと、ダンジョンコアの根元に違和感を覚えた。
何かが光っている。
アルベルトは近付いた。
小さな紫色の結晶だった。
親指ほどの大きさしかない。
今まで気付かなかったのが不思議なくらいだ。
「これは……」
手に取る。
見たことがない素材だった。
すると配合眼が反応する。
⸻
夢魔の欠片
分類:不明
詳細:解析不能
⸻
「解析不能?」
アルベルトが眉をひそめた。
初めて見る表示だった。
配合眼は基本的に情報を示してくれる。
だがこれは違う。
何も分からない。
名前しか表示されない。
「夢魔……サキュバス系統か?」
聞いたことのない名称ではない。
だが実物は極めて珍しい。
文献でも数えるほどしか記録がなかったはずだ。
なぜそんなものが最下位ダンジョンにあるのか。
分からない。
だからこそ面白い。
アルベルトは近くにいたゴブリンへ視線を向ける。
そして何気なく欠片を近付けた。
その瞬間。
視界の表示が変化した。
⸻
ゴブリン
+
夢魔の欠片
⸻
配合適性
解析不能
⸻
アルベルトの目が見開かれる。
成功率が表示されない。
初めてだった。
スライムでも。
ゴブリンでも。
どんな魔物でも。
これまで成功率は必ず表示されていた。
なのに今回は違う。
見えない。
分からない。
予測できない。
つまり。
未知だ。
「……なるほど」
アルベルトは笑った。
学園時代、周囲から何度も言われた。
配合は運だ。
配合は博打だ。
やめておけと。
だが彼は知っている。
知識には価値がある。
観察には意味がある。
そして未知には可能性がある。
目の前にあるのは、誰も試したことのない組み合わせだ。
研究者として、これ以上の獲物はない。
アルベルトは夢魔の欠片を握りしめた。
「まずは実験だな」
夕暮れの洞窟に、小さな笑い声が響く。
そして翌日。
その実験によって生まれた存在が。
忘れられた洞窟の運命を大きく変えることになる。




