第29話 見張り台のゴブリン
ランキング戦まで二十四日。
忘れられた洞窟の朝は早い。
もっとも。
アルベルトが勝手に早いだけなのだが。
「眠いです……」
リリスは机代わりの岩へ突っ伏していた。
まだ朝日も昇り切っていない。
普通なら寝ている時間である。
しかし。
アルベルトは既に活動していた。
小鬼の巣穴の地図を広げ。
昨日書き込んだ内容へさらに追記している。
「アルベルトさん」
「何だ」
「寝ました?」
「三時間ほど」
「少なすぎません?」
「そうか?」
「そうです」
即答だった。
最近は特に酷い。
偵察して。
考察して。
図鑑を読んで。
また考察している。
完全に研究者だった。
「学園時代もそんな感じだったんですか?」
「よく言われた」
「誰に?」
「教官」
当然だった。
リリスもそう思う。
◇
朝食代わりの干し肉を食べながら、アルベルトは地図を見ていた。
視線は見張り台へ向いている。
やはり気になる。
何度考えても違和感が消えない。
ホブゴブリンロードが支配する群れ。
ホブゴブリンが主力。
なのに。
見張りだけはゴブリン。
弱い個体だった。
「何か理由がある」
アルベルトは呟く。
「まだ考えてるんですね」
リリスが苦笑する。
「答えが出ない」
「別にそこまで重要じゃない気もしますけど」
その言葉に。
アルベルトは首を振った。
「重要だ」
断言だった。
「強い個体を配置しない理由がある」
「例えば?」
「分からない」
「分からないんですか」
「だから考えている」
堂々と言われた。
リリスは呆れる。
だが。
今までアルベルトの違和感は何度も当たってきた。
ロックオーガの時もそうだった。
シャドウの時もそうだった。
だから今回も無視できない。
その時。
アダプトジェルゴブリンが近寄ってくる。
そして地図を見る。
さらに見張り台の絵を指差した。
「お前もそこか」
アダプトジェルゴブリンが頷く。
最近は本当に意思疎通ができる。
元ゴブリンだから何か分かるのだろうか。
「もしかして」
リリスが言った。
「ゴブリンだから見張りなんじゃないですか?」
アルベルトが顔を上げる。
「どういう意味だ」
「ほら」
リリスは少し考える。
「ホブゴブリンって強いじゃないですか」
「ああ」
「だから訓練とか巡回とか前線とか忙しい」
「なるほど」
「でもゴブリンは暇」
「暇ではないと思うが」
「言葉のあやです」
リリスは続ける。
「だから見張りをやらせる」
アルベルトが考え込む。
単純だ。
だが。
あり得なくはない。
「……いや」
数秒後。
首を振った。
「違う」
「違いますか」
「見張り台が多すぎる」
そこだった。
あのダンジョンは見張りを重視している。
つまり。
見張り台は重要な役割を持つ。
なら弱い個体を置く理由にはならない。
「じゃあ何なんです?」
「まだ分からない」
またそこへ戻る。
リリスはため息を吐いた。
◇
昼。
アルベルトは新しく解放された情報解析機能を試していた。
対象はスライム。
忘れられた洞窟最古参である。
「お前たちも頑張っているからな」
二匹のスライムが嬉しそうに跳ねた。
そして。
視界に文字が浮かぶ。
⸻
スライム
戦闘適性:低
成長適性:低
繁殖適性:高
⸻
「繁殖適性?」
アルベルトが首を傾げる。
初めて見る項目だった。
リリスも覗き込む。
「何です?」
「分からない」
「またですか」
最近増えた情報はまだ解明されていないものも多い。
だが。
アルベルトはそこであることに気付いた。
「待て」
もう一度スライムを見る。
繁殖適性。
高。
ゴブリンを見る。
……いや。
実物はいない。
しかし図鑑の情報を思い出す。
ゴブリンも繁殖力が高い種族だった。
その瞬間。
頭の中で何かが繋がった。
「そういうことか」
アルベルトが立ち上がる。
リリスが驚く。
「分かったんですか?」
「ああ」
「何が?」
アルベルトは小鬼の巣穴の地図を指差した。
見張り台。
ゴブリン。
大量のゴブリン。
ホブゴブリンロード。
全てを線で結ぶ。
そして。
結論へ辿り着く。
「見張りじゃない」
「え?」
「見張りが本職じゃない」
リリスは意味が分からなかった。
アルベルトは説明する。
「ゴブリンは資源だ」
以前も言った話だった。
「将来のホブゴブリン候補」
「はい」
「だから死なせたくない」
リリスの目が少し開く。
「まさか」
「見張り台は安全地帯だ」
アルベルトは断言した。
戦闘から遠い。
危険も少ない。
そして役割も与えられる。
つまり。
あのゴブリンたちは。
見張り役ではなく。
保護対象だったのだ。
「育成枠……」
リリスが呟く。
「そうだ」
ホブゴブリンロードは戦力を増やしている。
今だけではない。
未来のために。
ゴブリンを育てている。
だから大量に残している。
だから見張り台へ配置している。
全て繋がった。
「なるほど……」
リリスも納得する。
確かに理屈は通る。
「つまり」
「相手は時間が経つほど強くなる」
アルベルトが言う。
今のホブゴブリン八体が。
十体になるかもしれない。
十二体になるかもしれない。
放置するほど不利だ。
その時だった。
ダンジョンコアが光る。
新しい通知。
全員が振り返る。
⸻
ランキング戦まで
二十三日
⸻
残り時間はまだある。
だが。
無限ではない。
そしてアルベルトは静かに考える。
もし今の推測が正しいなら。
ホブゴブリンロードは強いだけではない。
賢い。
賢い相手は厄介だ。
だからこそ。
こちらも準備しなければならない。
「リリス」
「何です?」
「次は実験だ」
嫌な予感がした。
ものすごくした。
「何の実験です?」
アルベルトは当然のように答える。
「配合だ」
リリスは顔を覆った。
やはりそうなった。
だが。
今回は何となく分かる。
アルベルトの中で。
ホブゴブリンロードに勝つための何かが見え始めているのだろう。
ランキング戦まで残り二十三日。
忘れられた洞窟は次なる進化への一歩を踏み出そうとしていた。




