第24話 偵察という名の遠足II
次回ランキング戦まで二十九日。
一か月近くある。
普通のダンジョンマスターなら戦力強化に集中する期間だろう。
魔物を増やし、罠を設置し、DPを貯める。
ごく当たり前の準備期間だ。
しかし。
忘れられた洞窟のダンジョンマスターは少し違った。
「偵察に行こう」
朝食代わりの干し肉をかじりながら、アルベルトは言った。
リリスは持っていた木製カップを置いた。
嫌な予感しかしなかった。
「どこへです?」
「候補ダンジョンだ」
「却下です」
即答だった。
アルベルトが首を傾げる。
「なぜだ」
「なぜだじゃありません」
リリスは頭を抱えた。
候補ダンジョン。
つまりランキング戦で当たる可能性がある相手だ。
敵地。
完全に敵地。
「普通は行きません」
「そうなのか」
「普通は行きません!」
二回言った。
大事なことだからだ。
だがアルベルトは納得していない顔だった。
「魔物を知らずに戦う方が危険だと思うが」
「それはそうですけど」
反論できなかった。
確かに相手を知るのは大切だ。
しかし普通は公開情報を集める。
わざわざ現地へ行ったりしない。
その時だった。
ダンジョンコアが淡く光る。
新しい表示が現れる。
⸻
990位到達報酬
偵察権限解放
対象ダンジョンの外周調査が可能
⸻
沈黙。
リリスが表示を見る。
二度見する。
三度見する。
内容は変わらない。
「……」
「行けるらしいな」
アルベルトが言う。
「行けるんですね」
「行けるようだ」
「行けちゃうんですね」
リリスは天を仰いだ。
世界がアルベルトを後押ししている気がした。
どうしてこんな機能があるのか。
説明文を読む。
どうやらランキング戦は情報戦でもあるらしい。
一定順位以上になると、候補ダンジョンの外周部だけ調査できる権限が与えられる。
もちろん内部侵入は禁止。
見つかれば違反行為だ。
だが外から観察するだけなら問題ない。
「ほら」
アルベルトが言う。
「公式だ」
「公式ですね……」
反論できなかった。
こうして。
忘れられた洞窟初の偵察作戦が決定した。
◇
翌日。
転移ゲートの前。
リリスは深いため息を吐いていた。
「本当に行くんですね」
「ああ」
「平和に一日過ごしたかったです」
「平和だろう」
「敵地偵察は平和じゃありません」
正論だった。
今回向かうのは、
989位『小鬼の巣穴』
候補の中で最も順位が近いダンジョンだ。
転移門が起動する。
光に包まれる。
そして次の瞬間。
二人は別の場所へ移動していた。
「おお」
アルベルトが声を漏らす。
目の前に広がっていたのは巨大な岩山だった。
無数の穴。
複雑な地形。
岩壁には見張り台まである。
「凄いですね」
リリスも感心する。
忘れられた洞窟より遥かに立派だ。
順位差は一つしかない。
だが歴史の差を感じる。
「なるほど」
アルベルトは周囲を見回した。
「ゴブリン系だな」
「名前に小鬼ってありますし」
「いや」
アルベルトは首を振る。
「足跡だ」
リリスが地面を見る。
全く分からない。
だがアルベルトには分かるらしい。
「普通のゴブリンより大きい」
「へえ」
「ホブゴブリンの群れだろう」
配合士らしい観察だった。
その時。
岩山の上から何かが現れた。
緑色。
人型。
槍を持っている。
「いました!」
リリスが小声になる。
アルベルトも目を細めた。
ホブゴブリン。
ゴブリンの上位種。
体格も大きい。
筋力も高い。
そして知能も高い。
一体。
二体。
三体。
次々と姿を現す。
「八体か」
アルベルトが呟く。
「見えるんですか?」
「見える」
リリスには五体しか見えなかった。
しかしアルベルトは違う場所も見ていた。
岩陰。
見張り台。
物陰。
全てに魔物が潜んでいる。
「統率されてますね」
「されているな」
普通のゴブリンならあり得ない。
ホブゴブリンが支配している証拠だった。
しばらく観察する。
やがて。
一体のホブゴブリンが現れた。
他より大きい。
他より強そうだ。
周囲の個体が道を開ける。
「支配魔物ですね」
「ああ」
アルベルトが頷く。
ホブゴブリンロード。
おそらくそうだろう。
その時だった。
アルベルトの視界に文字が浮かぶ。
⸻
ホブゴブリンロード
脅威度:中
⸻
初めて見る表示だった。
アルベルトが固まる。
「どうしました?」
「いや……」
脅威度。
そんな情報まで見えるようになったのか。
配合眼が進化したのだろうか。
今はまだ分からない。
ただ。
気になる。
非常に気になる。
「アルベルトさん?」
「大丈夫だ」
アルベルトは視線を戻した。
そして冷静に分析する。
ホブゴブリンロード。
ホブゴブリン八体。
通常ゴブリン十数体。
地形有利。
正面突破は危険。
だが。
「勝てない相手ではないな」
リリスが驚いた。
「本気ですか?」
「ああ」
以前なら無理だった。
だが今は違う。
アダプトジェルゴブリンがいる。
シャドウもいる。
戦力差はある。
しかし絶望的ではない。
それが大きかった。
その時。
シャドウがアルベルトの影の中から顔を出した。
「うわっ!?」
リリスが飛び上がる。
いつの間にいたのか。
全く気付かなかった。
シャドウは少し得意そうだった。
「隠密能力か」
アルベルトが感心する。
そして。
ふと思う。
ホブゴブリン。
シャドウ。
アダプトジェルゴブリン。
頭の中で配合の組み合わせが次々浮かぶ。
「考えてますね?」
「考えている」
「配合ですよね?」
「配合だな」
リリスはため息を吐いた。
敵を見ても配合。
新種を見ても配合。
結局この人はどこまで行っても配合士なのだ。
だが。
そんなアルベルトだからこそ。
誰も見つけられない可能性を見つけられる。
それもまた事実だった。
そしてこの偵察で得た情報は。
次のランキング戦を大きく左右することになる。
その時の二人はまだ知らなかった。




