第23話 配合士の本能
交流会から戻った翌日。
忘れられた洞窟は久しぶりに静かだった。
ランキング戦もない。
来客もない。
同期との面倒な付き合いもない。
洞窟内には、スライムたちがのんびりと這い回る音だけが響いている。
本来なら平和な一日だった。
本来なら。
「見てますね」
リリスが呆れた声で言った。
「見ているな」
アルベルトは素直に認める。
視線の先にはシャドウ。
そして、その隣にはアダプトジェルゴブリン。
最近のアルベルトは、この二体を交互に眺める時間が異様に長かった。
理由は当然一つ。
彼の視界にだけ浮かぶ文字だった。
⸻
シャドウ × アダプトジェルゴブリン
成功率 74%
⸻
見れば見るほど高い。
高すぎる。
学園時代、配合士専攻の教官が言っていた。
『成功率三十%を超えたら論文ものだ』
『四十%を超えたら王都へ報告しろ』
『五十%を超えたら歴史に残る』
そんな世界だ。
七十四%など聞いたこともない。
「アルベルトさん」
「何だ」
「その顔やめてください」
「どんな顔だ」
「配合したくてたまらない顔です」
図星だった。
アルベルトは少しだけ視線を逸らした。
リリスがため息を吐く。
「次のランキング戦までは禁止ですからね」
「覚えている」
「本当ですか?」
「たぶん」
「覚えてませんね?」
信頼度ゼロだった。
その時だった。
アダプトジェルゴブリンがシャドウへ近付く。
シャドウが逃げる。
アダプトジェルゴブリンが追いかける。
シャドウがさらに逃げる。
最近よく見る光景だった。
「嫌われてますね」
「嫌われているな」
アダプトジェルゴブリンが傷付いた顔になる。
分かりやすい。
シャドウは慌てて首を振った。
嫌いではないらしい。
ただ怖いだけらしい。
自分より二回り以上大きな魔物なのだから当然だった。
「意外だな」
アルベルトが呟く。
「何がです?」
「シャドウは臆病な性格なのかもしれない」
配合士は魔物の生態も学ぶ。
魔物図鑑に載っている情報だけではなく、実際の行動も重要だった。
シャドウは岩陰へ隠れる。
すると。
姿が消えた。
本当に消えた。
気配も薄い。
リリスが目を丸くする。
「え?」
先ほどまで見えていた。
それなのに。
今はどこにいるのか分からない。
「なるほど」
アルベルトが頷く。
「何が分かったんです?」
「シャドウは狭い場所ほど隠密能力が上がるらしい」
「そんなことまで分かるんですか?」
「図鑑に似た魔物が載っていた」
リリスは少し感心した。
アルベルトは天才ではない。
魔法も得意ではない。
戦闘能力も高くない。
だが。
魔物のことだけは異常だった。
学園時代もそうだった。
試験は中の下。
実技は下位。
だが魔物学だけは首席だった。
「本当に魔物だけは詳しいですね」
「そうか?」
「普通の人はシャドウを見て図鑑の内容まで思い出しません」
アルベルトは首を傾げた。
当たり前だと思っていた。
リリスはもう何も言わない。
感覚が違うのだ。
その時だった。
ダンジョンコアが淡く光り始めた。
新しい文字が浮かぶ。
⸻
ランキング更新
忘れられた洞窟
990位
新機能解放
対戦候補閲覧
⸻
「おお」
リリスが声を上げる。
初めて見る機能だった。
アルベルトも近付く。
説明文を読む。
DPを消費すると次回ランキング戦の候補を確認できるらしい。
「便利ですね」
「便利だな」
「使います?」
「使う」
即答だった。
DP五十消費。
表示が切り替わる。
そして三つのダンジョン名が現れた。
⸻
989位
小鬼の巣穴
支配魔物:ホブゴブリン
⸻
988位
霧隠れの洞窟
支配魔物:ミストウルフ
⸻
987位
腐敗の地下墓地
支配魔物:ボーンウォリアー
⸻
「へぇ」
リリスが感心する。
アルベルトはじっと見つめていた。
ホブゴブリン。
ミストウルフ。
ボーンウォリアー。
どれも知っている。
特にミストウルフは有名だった。
霧を操る狼型魔物。
奇襲が得意。
集団戦も強い。
初心者殺しとして知られている。
「どこが強そうです?」
リリスが尋ねる。
アルベルトは少し考えた。
「ミストウルフだな」
「やっぱり」
「ただ……」
言葉が止まる。
リリスが嫌な予感を覚える。
こういう間の後はろくなことがない。
「ただ?」
「シャドウとの相性が良さそうだ」
「何の話です?」
「配合だ」
「敵です!」
即答だった。
リリスは思わず叫ぶ。
まだ戦ってもいない。
まだ仲間にもなっていない。
なのに配合の話をしている。
完全に職業病だった。
「配合士ってみんなこうなんですか?」
「いや」
アルベルトは首を振る。
「多分違う」
「ですよね」
安心した。
配合士全員がこうだったら大変だ。
するとアダプトジェルゴブリンが近付いてくる。
シャドウも恐る恐る後ろからついてきた。
二体ともアルベルトを見る。
期待するような目だった。
アルベルトは少し考える。
そして。
二体の頭を軽く撫でた。
シャドウが驚く。
アダプトジェルゴブリンは嬉しそうだった。
リリスは少しだけ目を丸くする。
珍しい。
アルベルトが魔物に触れるのは珍しくない。
だが。
こんな柔らかい表情をするのは珍しい。
「何ですか」
「何がだ」
「その顔です」
「普通だろう」
「普通じゃありません」
リリスは小さく笑った。
この人は魔物が好きなのだ。
配合素材としてだけではない。
知識としてだけでもない。
純粋に好きなのだろう。
だから最下位になっても配合士をやめなかった。
だから忘れられた洞窟に来た。
そして。
だからこそ。
誰も見つけられなかった可能性を見つけられる。
リリスはそんな気がしていた。
その時。
ダンジョンコアが再び光る。
新たな文字が浮かび上がる。
⸻
次回ランキング戦まで
29日
⸻
残り一か月。
忘れられた洞窟の次なる戦いが、静かに近付いていた。




