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『最弱ダンジョンの配合士 ~誰も知らない配合で最強ダンジョンを目指します~』  作者: もかどら


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221/223

第221話 ぷにが世界を救った日

王喰は、崩壊していた。


夜狼王を失い。


リリスを失い。


完成していたはずの構造は、もはや形を保てず、巨大な歪みとなって揺らめいている。


その崩れゆく残骸の中に、ひとつだけ、どうしても説明のつかない小さな波形が混じっていた。


終号は一瞬だけ警告を止めた。


だが、すぐに再開する。


それでも。


消えてはいない。


黒い核だけが、そこに残っていた。


人の頭ほどの大きさしかない。


それなのに。


誰も近付けない。


近付こうとした瞬間、空気そのものが拒絶する。


終号の警告が鳴り続ける。


王喰本体。


未消滅。


危険度測定不能。


その表示の端に、意味のない短いノイズが一度だけ走った。


ぷに、とも読めないほど小さな揺れだった。


だが、その時は誰も気にしなかった。


三十年前。


フェルナー・アルトが生み出した最高傑作。


その本質だけが、凝縮されて残っている。


夜狼王は荒い息を整えながら立ち上がった。


リリスもミレイに支えられながら、震える手で顔を上げる。


助かった。


確かに、助かった。


だが、終わっていない。


王喰はまだ生きている。


そして。


誰もが理解していた。


ここからが、本当の最後だと。


王喰の核が脈動する。


小さい。


だが、その圧力は先程よりも遥かに恐ろしかった。


完成した構造が剥がれ落ちたことで、本来の姿が露出している。


その中心に、妙に丸い違和感が一瞬だけ見えた。


だが次の瞬間には、黒い圧力に飲み込まれて消える。


終号が解析を試みる。


しかし、失敗した。


解析不能。


記録外。


理解不能。


初めてだった。


終号ですら理解できない存在。


それが、今の王喰だった。


ヴァルグランが前へ出る。


拳を握る。


「なら殴る」


単純だった。


そして、正しい。


ヴァルグランは全力で踏み込む。


拳が振り下ろされる。


直撃。


轟音。


地下都市全体が揺れた。


だが。


傷一つない。


ヴァルグランが止まる。


拳を当てたはずの場所は、まるで最初から何もなかったかのように静まり返っていた。


夜狼王も目を細める。


強い。


いや。


違う。


存在の仕方が違う。


アダプト皇王が即座に分析する。


「殴っている相手が違う」


全員が見る。


「これは核じゃない」


「記録そのものだ」


王喰はまだ構造だった。


だから壊せない。


その言葉の直後、広間のどこかで、場違いなほど軽い振動が一度だけ跳ねた。


ぴょん。


あまりにも軽い。


あまりにも場違い。


だが戦闘の余波だと、誰もが思った。


夜狼王が空へ舞う。


黒い翼が広がる。


蒼天王鳥との死闘。


王候補進化。


全てを乗り越えた今の夜狼王は強い。


その身から放たれる気迫は、もはや獣ではなく王そのものだった。


王喰へ突撃する。


黒い牙。


直撃。


だが。


やはり壊れない。


王喰は、少しも動かなかった。


リリスが悔しそうに唇を噛む。


ここまで来たのに。


あと少しなのに。


その時だった。


終号が反応する。


王喰反応上昇。


全員が見る。


王喰が変化していた。


核の周囲に黒い光が集まる。


そして。


形を作る。


人型だった。


黒い身体。


赤い瞳。


王喰自身だった。


フェルナーが完成させた存在。


三十年間封印され続けた怪物。


王喰は全員を見る。


夜狼王を見る。


リリスを見る。


そして。


静かに言った。


「理解できない」


その声には怒りも憎しみもない。


ただ、純粋な疑問だけがあった。


「なぜ戻る」


「なぜ仲間を選ぶ」


「なぜ未完成を選ぶ」


誰も答えない。


王喰は続ける。


「完成すれば苦しみはない」


「失敗もない」


「悲しみもない」


夜狼王が前へ出る。


王喰を見る。


そして。


笑った。


「だから駄目なんだよ」


王喰が止まる。


夜狼王は続けた。


「苦しみも失敗もあるから面白い」


「仲間がいるから強くなる」


「一人じゃ王になれない」


静かな声だった。


だが。


確かに届いていた。


王喰が揺れる。


理解できない。


だが。


否定もできない。


その瞬間だった。


誰も予想していない方向から声が響いた。


「ぷに!」


全員が振り向く。


嫌な予感しかしない。


そして。


案の定だった。


プニシャドウである。


いつの間にかいないと思ったら。


王喰の核のすぐ近くにいた。


さっきから広間の隅で、誰にも気付かれないまま小さく跳ねるような気配があったのを、今になって思い出す者もいた。


リリスが叫ぶ。


「何してるんですか!」


遅かった。


プニシャドウは王喰の前まで歩いていく。


誰も止められない。


王喰ですら止めない。


不思議そうに見ている。


その赤い瞳に、初めて明確な戸惑いが浮かんでいた。


そして。


プニシャドウは。


一度、首をかしげた。


まるで「これでいいの?」とでも言いたげに。


次の瞬間。


ぺち。


王喰を叩いた。


あまりにも軽い音だった。


あまりにも、何でもない動作だった。


だからこそ。


全員の思考が一拍遅れた。


沈黙。


……え?


誰かがそう口にする前に、王喰の身体がびくりと跳ねた。


全員が固まる。


王喰も固まる。


地下都市全体が、息を止めたように静まり返った。


プニシャドウは満足そうだった。


「ぷに!」


もう一回叩く。


ぺち。


その瞬間だった。


終号が絶叫するように警告を出した。


記録外干渉。


記録外干渉。


記録外干渉。


中央広間が凍り付く。


アダプト皇王が、最初に理解した。


「そうか」


王喰は完成品だ。


記録の塊だ。


理論の集合体だ。


だが。


プニシャドウは違う。


最初から理論外だった。


配合も。


進化も。


幸運も。


全部。


説明できない。


フェルナーですら予測していない存在だった。


つまり。


王喰が理解できない唯一の存在。


王喰が、初めて後退する。


本当に。


目に見えて。


一歩、引いた。


赤い瞳が揺れる。


恐怖していた。


理解不能なものを前にした、初めての反応だった。


夜狼王が目を見開く。


リリスが呆然とする。


ヴァルグランは拳を握ったまま固まり、ベルクは口を開けたまま動けない。


誰もが、今起きたことを理解できていなかった。


だが、プニシャドウだけは違った。


まるで「まだ足りない」とでも言うように、もう一度、ためらいなく前足を振り上げる。


ぺち。


その瞬間。


王喰に亀裂が走った。


乾いた音だった。


あまりにも小さな音だった。


なのに、広間全体に響いた。


夜狼王が止まる。


リリスも止まる。


ミレイも。


ベルクも。


全員が見ていた。


三十年間、誰も壊せなかった怪物。


フェルナーですら止められなかった最高傑作。


それを。


プニシャドウが、叩いて壊している。


しかも、本人はまるで散歩の途中みたいな顔をしている。


ヴァルグランが呟く。


「何なんだこいつ」


誰も答えられない。


王喰は崩壊する。


理解できない。


予測できない。


計算できない。


だから対応できない。


それが致命傷だった。


プニシャドウは最後に、もう一度だけ王喰を見上げる。


そして。


ぺち。


今度は少しだけ強く叩いた。


その瞬間。


王喰が砕けた。


黒い光が空へ舞う。


三十年間続いた呪い。


フェルナーの失敗。


王候補理論。


全てが崩壊していく。


夜狼王は静かに見上げる。


リリスも涙を流していた。


誰もが、あまりにあっけない終わりに言葉を失っていた。


あれほど巨大で、あれほど恐ろしく、あれほど手の届かなかったものが。


たった一匹の、ぷにっとした存在に。


ぺち、ぺち、と。


壊されていく。


フェルナーは間違った。


だが。


最後に答えを残した。


未完成な者達へ。


仲間を必要とする者達へ。


王喰の最後の光が消える。


終号が静かに表示した。


王喰。


完全消滅。


沈黙。


そして。


誰より先にプニシャドウが飛び跳ねた。


「ぷにー!」


勝ったらしい。


本人の中では。


その瞬間。


忘れられた洞窟にいた全員が笑った。


長かった。


本当に長かった。


だが。


終わった。


三十年前から続いていた全てが。


ようやく終わったのだった。

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