第219話 フェルナーの答え
王喰が後退していた。
完成した存在が。
三十年間封印され続けた怪物が。
宝冠宰相の掲げる黒い結晶を前に、明らかな拒絶反応を見せている。
その光景に誰も言葉を失った。
終号だけが静かに解析を続けている。
最終権限鍵。
作成者フェルナー・アルト。
王喰停止権限保持。
表示された文字を見て、ヴァルグランが思わず呟いた。
「そんなもん作ってたのかよ」
当然の疑問だった。
王喰はフェルナーが生涯を懸けて作り上げた最高傑作のはずだ。
ならばなぜ。
それを止めるための鍵など残したのか。
王喰は低く唸る。
黒い核が脈動を繰り返し、周囲の空間を震わせる。
しかし近付いてこない。
まるで本能的に警戒しているようだった。
アルベルトは黒い結晶を見つめながら静かに言う。
「フェルナーは最初から失敗を想定していた」
ミレイが小さく頷いた。
「学園の記録にも似た記述があります」
「フェルナー・アルトは異常なほど慎重な研究者だったそうです」
「成功する方法だけじゃなく、失敗した時の対処法も必ず用意していた」
それを聞いてアルベルトは納得した。
フェルナーは天才だった。
だからこそ、自分の成功を信じ切らなかった。
成功する可能性。
失敗する可能性。
暴走する可能性。
その全てを計算していた。
だから王喰を作りながら、同時に王喰を止める手段も用意した。
その時だった。
終号が再び反応する。
新しい記録媒体を認識。
最終映像解放。
王喰領域の空気が変わる。
光が広がり、一人の男が映し出される。
フェルナー・アルトだった。
今まで見たどの映像よりも老いている。
疲れ切った顔をしている。
だが、その目だけはまだ死んでいなかった。
映像のフェルナーはしばらく沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。
「もしこれを見ている者がいるなら」
その声は静かだった。
研究者というより、一人の老人の声だった。
「私は失敗した」
誰も動かない。
「王喰は完成した」
「理論も完成した」
「構造も完成した」
「能力も完成した」
そこで言葉を止める。
そして苦笑した。
「だから失敗した」
リリスの目が見開かれる。
フェルナーは続けた。
「私は勘違いしていた」
「王を作ろうとした」
「だが王は作るものじゃなかった」
王喰領域がわずかに揺れる。
まるでその言葉に反応しているようだった。
「王は選ばれるものだった」
アルベルトは無意識に夜狼王を見た。
アダプト皇王も。
影王も。
彼らは誰かに作られた存在ではない。
戦い、生き残り、仲間を守り、結果として周囲に認められた。
だから王候補になった。
フェルナーは机に手を置きながら続ける。
「私は完成品を作った」
「最強の個体を作ろうとした」
「全てを持つ存在を作ろうとした」
その声には後悔が混じっていた。
「そして王喰は生まれた」
王喰の核が大きく脈動する。
まるで自分の誕生を聞いているようだった。
「王喰は強い」
「知識もある」
「力もある」
「才能もある」
「可能性もある」
フェルナーは少しだけ笑った。
だがその笑顔は寂しかった。
「だが」
「仲間がいない」
その瞬間、空間が静まり返る。
夜狼王が顔を上げる。
リリスもわずかに反応する。
王喰の核が不安定に揺れる。
フェルナーは静かに続ける。
「王喰は全てを支配できる」
「全てを取り込める」
「全てを完成させられる」
「だから誰も必要としない」
その声が重く響く。
「だから王になれない」
王喰が激しく震えた。
怒りだった。
初めて全員が理解する。
王喰は感情を持っている。
完成品。
最高傑作。
最強。
その全てを否定されたのだ。
フェルナーは最後に一言だけ残した。
「王喰は完成した」
「だから負ける」
映像が消える。
その瞬間だった。
王喰が咆哮した。
空間が割れる。
黒い波動が周囲へ広がる。
終号の警告が響いた。
統合率上昇。
九十七%。
王喰の完成がさらに進む。
夜狼王の身体が沈む。
リリスも飲み込まれていく。
まずい。
全員が理解した。
このままでは二人が消える。
その時だった。
夜狼王が顔を上げる。
「アルベルト」
声が届いた。
確かに。
リリスも続く。
「早くしてください」
苦しそうだった。
それでも笑っていた。
「もう限界です」
終号が静かに表示する。
救出可能時間。
残り三百秒。
五分。
それだけだった。
ヴァルグランが拳を握る。
影王が立ち上がる。
アダプト皇王が前へ出る。
ミレイも魔法陣を展開する。
アルベルトは黒い結晶を握り締めた。
フェルナーが残した最後の答え。
王喰は完成品だから負ける。
ならば勝つのは未完成な側だ。
成長し続ける側だ。
仲間を必要とする側だ。
アルベルトは静かに笑った。
「救出作戦を開始する」
王喰討伐ではない。
夜狼王とリリスを取り戻す戦い。
その本当の最終決戦が、今始まろうとしていた。




