第218話 完成した怪物
王喰が崩れ始めていた。
だが。
終わってはいない。
むしろここからだった。
王喰領域全体に走った亀裂は確かに広がっている。鉄槍将軍や白銀飛竜といった再現個体は次々と崩壊し、空間を満たしていた異常な圧力も僅かに弱まっていた。
しかし。
王喰本体だけは違った。
巨大な黒い核は無数の亀裂に覆われながらも、なお脈動を続けている。
終号が警告を表示する。
⸻
構造崩壊進行
47%
⸻
自己修復開始
⸻
全員が固まる。
リリスが青ざめる。
「修復してます!」
「だろうな」
アルベルトは冷静だった。
むしろ予想通りだった。
完成した構造なら。
完成したまま維持しようとする。
それが自然だ。
◇
その時だった。
王喰の中心。
黒い核の奥。
夜狼王が苦しそうに顔を上げた。
「……アルベルト」
かすれた声。
だが。
確かに本人だった。
全員の顔が変わる。
生きている。
まだ消えていない。
◇
その隣。
リリスもいた。
しかし状態が違う。
彼女の身体には黒い紋様が広がっている。
まるで王喰そのものと接続されているようだった。
リリスは必死に何かへ抗っていた。
「来ないでください!」
突然叫ぶ。
全員が止まる。
◇
「リリス?」
「近付いたら駄目です!」
声が震えている。
苦しそうだった。
そして。
次の言葉で全員が凍り付いた。
「私達が核です!」
◇
沈黙。
王喰。
夜狼王。
リリス。
全てが繋がる。
◇
アルベルトが理解する。
王喰は夜狼王を吸収したのではない。
リリスを吸収したのでもない。
夜狼王とリリスを中心に完成している。
だから。
王喰を普通に破壊すれば。
二人ごと壊れる。
◇
ヴァルグランが舌打ちする。
「最悪じゃねぇか」
その通りだった。
ようやく辿り着いた答えがそれだった。
◇
アダプト皇王が前へ出る。
王喰を見る。
夜狼王を見る。
リリスを見る。
そして。
静かに言った。
「壊す場所を選ぶ」
アルベルトが頷く。
それしかない。
◇
その瞬間だった。
王喰が反応する。
初めてだった。
今までただの構造だった存在が。
明確な意思を持った。
◇
黒い核が脈動する。
周囲の空間が揺れる。
そして。
声が響いた。
◇
「何故」
全員が止まる。
王喰が喋った。
◇
「何故拒絶する」
低い声だった。
男でもない。
女でもない。
生物ですらない。
ただ。
巨大だった。
◇
「完成している」
王喰が言う。
「全て揃った」
「王も」
「記録も」
「器も」
◇
リリスが苦しそうに顔を上げる。
「違う!」
王喰が止まる。
初めてだった。
リリスの意思が王喰へ干渉した。
◇
「それは完成じゃない!」
黒い紋様が広がる。
苦しい。
それでも叫ぶ。
◇
「勝手に決めないでください!」
◇
沈黙。
その言葉は。
王喰にとって初めての否定だった。
◇
終号が反応する。
⸻
記録干渉確認
⸻
リリス
優先度上昇
⸻
◇
ミレイが息を呑む。
「そうか……」
ようやく分かった。
◇
記録妖精。
それはただ記録する存在ではない。
記録を管理する存在だ。
つまり。
王喰の構造へ最も干渉できる存在。
◇
フェルナー・アルトが残した言葉。
『記録妖精を信じろ』
◇
全部繋がった。
◇
アルベルトも理解する。
だからフェルナーはリリスを残した。
王喰を止めるために。
◇
その時だった。
王喰が怒った。
初めてだった。
空間が震える。
黒い波動が広がる。
◇
「不要」
王喰が言う。
「不要」
「不要」
◇
夜狼王の身体が沈む。
リリスの身体も沈む。
二人が王喰へ完全に取り込まれようとしていた。
◇
「まずい!」
ミレイが叫ぶ。
終号も警告を出す。
⸻
統合率上昇
⸻
92%
⸻
◇
あと少し。
あと少しで終わる。
夜狼王も。
リリスも。
完全に消える。
◇
その瞬間だった。
宝冠宰相が飛び出した。
「キュウ!」
全員が止まる。
◇
またか。
そう思った。
だが違った。
◇
宝冠宰相は胸元から何かを取り出す。
黒い結晶。
あの記録外媒体だった。
◇
王喰が反応する。
初めて明確に。
◇
恐怖した。
◇
終号が表示する。
⸻
記録外媒体
⸻
フェルナー・アルト
最終権限鍵
⸻
中央広間が静まり返る。
◇
フェルナーが残した最後の鍵。
それが今。
王喰の前にある。
◇
宝冠宰相は結晶を掲げる。
誇らしげだった。
何も分かっていない顔だった。
だが。
持ってきた物は正しかった。
◇
王喰が後退する。
初めてだった。
完成した怪物が。
恐怖している。
◇
アルベルトは笑った。
「見つけたな」
◇
王喰を倒す方法。
いや。
夜狼王とリリスを取り戻す方法。
◇
それは力ではない。
配合でもない。
戦闘でもない。
◇
三十年前の研究者が残した。
最後の答えだった。




