第207話 七日間
夜狼王を奪われた翌日。
忘れられた洞窟にいつもの空気はなかった。
静かだった。
異様なほどに。
中央広間。
夜狼王がいた場所は空いたままになっている。
誰もそこへ近付かない。
王冠宰相だけが時々見に行く。
そして。
何もないことを確認して戻ってくる。
それを何度も繰り返していた。
「キュ……」
元気がない。
初めてだった。
リリスも何も言えない。
◇
影王は姿を消していた。
訓練場。
研究施設。
地下都市。
どこにもいない。
終号が位置を確認すると。
忘れられた洞窟の最深部だった。
ただ座っている。
動かない。
喋らない。
それだけだった。
◇
ヴァルグランは訓練場を破壊していた。
訓練ではない。
八つ当たりだった。
巨大な拳が岩壁を砕く。
また砕く。
さらに砕く。
リリスが止めに行ったが無駄だった。
◇
アダプトキングだけが冷静だった。
正確には。
冷静でいようとしていた。
軍団を維持しなければならない。
忘れられた洞窟が止まれば終わる。
だから動く。
だから考える。
だから前を見る。
◇
だが。
それでも。
夜狼王がいない。
その事実は重かった。
◇
管理室。
アルベルトは終号の前に座っていた。
一晩中。
ずっとだ。
資料。
戦闘記録。
研究施設記録。
王候補関連情報。
全部見ている。
◇
リリスが入ってくる。
少し迷う。
そして聞いた。
「寝ましたか」
「寝てない」
予想通りだった。
◇
アルベルトは画面を見たまま言う。
「勝てない」
リリスが止まる。
初めてだった。
アルベルトが認めた。
勝てないと。
◇
冥府回廊。
強い。
本当に強い。
夜狼王を取り返したい。
だが。
今の戦力では無理。
同じことを繰り返すだけ。
◇
だから。
必要だった。
強化が。
◇
その時。
終号が反応する。
青い光。
新しい表示。
全員の視線が集まる。
⸻
緊急解放
⸻
研究施設最終権限
⸻
召喚石保管庫
開放
⸻
中央広間が静まり返る。
◇
地下都市。
封印区画。
今まで開かなかった扉が動く。
重い音。
三十年間閉ざされていた空間。
その奥には。
大量の棚が並んでいた。
◇
リリスが息を呑む。
ミレイも止まる。
アダプトキングも黙る。
◇
棚。
棚。
棚。
そして。
全部召喚石だった。
◇
数百。
いや。
千近い。
異常な量だった。
◇
終号が説明する。
⸻
研究用召喚石
⸻
未使用
保存状態良好
⸻
中央広間が静まり返る。
◇
アルベルトが歩く。
棚を見る。
一つ。
また一つ。
全部違う。
◇
火属性。
氷属性。
飛行型。
大型種。
英雄種候補。
変異種候補。
研究者が集めた素材。
三十年分。
◇
リリスが呟く。
「これ全部……」
「使わなかったんだな」
アルベルトが答える。
◇
そこで終号が新しい情報を表示した。
⸻
研究者最終計画
⸻
王喰計画対抗案
⸻
素材備蓄
完了
⸻
中央広間が凍りつく。
◇
ミレイが息を呑む。
リリスも止まる。
王喰。
ここでも出てきた。
◇
研究者は知っていた。
王喰が危険だと。
だから。
対抗戦力を作ろうとしていた。
◇
だが。
完成しなかった。
◇
アルベルトの目が細くなる。
面白い。
違う。
今回は違う。
◇
怒っていた。
◇
夜狼王を奪われた。
初めてだった。
研究対象ではない。
素材でもない。
仲間だった。
◇
だから。
取り返す。
◇
終号が表示する。
⸻
召喚石使用可能
⸻
推奨数
50
⸻
中央広間が静まる。
リリスが固まる。
「五十?」
「五十だな」
「多すぎません?」
多かった。
今までで最大規模だった。
◇
アダプトキングが資料を見る。
数秒。
そして頷く。
「必要」
◇
冥府回廊へ勝つためには。
夜狼王を取り返すためには。
今のままでは足りない。
◇
ヴァルグラン。
影王。
アダプトキング。
王冠宰相。
蒼天竜将。
全員強い。
だが。
まだ足りない。
◇
だから。
強くなる。
もっと。
◇
その時だった。
王冠宰相が走ってくる。
久しぶりだった。
少し元気だった。
◇
「キュウ!」
持っている。
宝箱。
また宝箱。
◇
リリスが思わず笑う。
こんな状況なのに。
本当に変わらない。
◇
宝箱が開く。
中には古い記録媒体が入っていた。
終号が反応する。
⸻
研究記録
確認
⸻
タイトル
⸻
大量育成理論
⸻
中央広間が静まり返る。
◇
アルベルトが笑った。
本当に久しぶりだった。
◇
七日。
短い。
だが。
忘れられた洞窟には研究施設がある。
終号がいる。
そして。
配合士がいる。
◇
夜狼王を取り返すための。
忘れられた洞窟史上最大の強化計画が。
今まさに始まろうとしていた。




