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『最弱ダンジョンの配合士 ~誰も知らない配合で最強ダンジョンを目指します~』  作者: もかどら


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206/223

第206話 冥府回廊

特別戦当日。


忘れられた洞窟の中央広間には、いつもよりずっと重く、張り詰めた空気が漂っていた。


相手は四百十七位《冥府回廊》。


四百位台。


中級リーグ目前。


そして。


研究施設保有ダンジョン。


忘れられた洞窟が初めて出会う、同類だった。


「嫌な予感しかしません」


リリスが言う。


「面白そうだな」


アルベルトが答える。


いつものやり取りだった。


だが。


今回は少し違う。


誰も笑わない。


アダプトキングも。


ヴァルグランも。


影王も。


夜狼王も。


全員が、相手の危険性を理解していた。


その沈黙は、ただの緊張ではない。


嫌な予感を、誰もが同じ形で抱えている沈黙だった。



転送門が開く。


視界が変わる。


次の瞬間。


全員が止まった。


暗い。


空が灰色だった。


地面は黒い石。


無数の墓標。


崩れた神殿。


骨。


骨。


骨。


戦場そのものが異常だった。


足を踏み入れた瞬間から、空気が冷たい。


生者の気配を拒むような、死の匂いが広がっていた。



終号が解析する。



特殊戦場


冥府回廊



死霊領域



中央広間が静まる。


普通のダンジョンではない。


戦場そのものが魔物だった。



その時。


鐘が鳴った。


ゴォォォォン。


重い音。


不気味な音。


そして。


墓地全体が動く。


骸骨が立ち上がる。


何百。


何千。


視界を埋め尽くす。


骨が擦れる音だけが、やけに大きく響いた。



ヴァルグランが笑った。


「派手だな」


そして前進する。


戦闘開始。



最初は忘れられた洞窟が押していた。


ヴァルグランが軍勢を吹き飛ばす。


影王が指揮官級を暗殺する。


夜狼王と蒼天竜将が上空を制圧する。


いつも通りだった。


実際。


戦力だけなら忘れられた洞窟が上だった。


だが。


冥府回廊は、押されても崩れない。


倒しても、倒しても、戦場が静かにならない。


まるで最初から、こちらの勝ち筋を知っているかのようだった。



十分後。


異変が起きる。


倒した敵が立ち上がる。


また倒す。


また立つ。


終わらない。


骸骨の腕が折れても、首が砕けても、胸が潰れても、次の瞬間にはまた動き出す。


戦場に積み上がるはずの勝利が、すべて泥のように沈んでいく。



鐘が鳴る。


ゴォォォォン。


終号が反応する。



死霊再生


発動



リリスが固まる。


「反則では?」


「反則だな」


アルベルトも認めた。


だが、その声は冷静を装っていても、すでに苛立ちを含んでいた。


勝てるはずの戦いが、戦場そのものに足を掴まれている。


その感覚が、彼の眉間に深い皺を刻む。



さらに。


敵はまだ本気ではなかった。


神殿の奥。


巨大な扉が開く。


そこから一体が現れる。


黒い鎧。


巨大な鎌。


赤い瞳。


そして。


圧倒的な威圧感。



終号が表示する。



冥王騎士



王候補



中央広間が凍りつく。


王候補。


夜狼王と同格。


いや。


終号の評価ではさらに上だった。


その存在が一歩進むだけで、周囲の死霊たちが道を開ける。


まるで、この戦場の主が姿を現したかのようだった。



夜狼王が前へ出る。


自然だった。


王候補には王候補。


それしかない。


だが、その背中はいつもより少しだけ硬かった。


相手の格を、夜狼王自身も理解していた。



激突。


轟音。


地面が割れる。


夜狼王が吹き飛ぶ。


全員が止まる。


今まで夜狼王が正面から押し負けたことはない。


だが。


押された。



冥王騎士は強い。


異常なほどに。


戦闘経験。


能力。


魔力量。


全てが高い。


そして何より。


迷いがない。


まるで何百年も戦ってきた戦士だった。


夜狼王が踏み込むたび、冥王騎士はそれを受け止め、わずかに上回る。


その一撃一撃が、夜狼王の呼吸を削っていった。



その頃。


上空。


蒼天竜将が敵飛行戦力を迎撃していた。


そこで。


新たな英雄個体が現れる。


黒竜。


死霊飛竜。


骨翼王。


英雄個体三体。



リリスが絶句する。


「多すぎません?」


普通のダンジョンなら切り札。


それが三体。


さらに王候補。


さらに死霊軍団。


戦場のどこを見ても、こちらの余裕を削るための配置しかない。



戦況が崩れる。


蒼天竜将が足止めされる。


ヴァルグランも囲まれる。


影王も暗殺対象を見失う。


アダプトキングは必死に指揮を続ける。


だが。


少しずつ。


確実に押される。



リリスが顔を青くした。


気付いたのだ。


冥府回廊は強いのではない。


慣れている。



勝つことに。


奪うことに。


育てることに。


全て慣れている。


忘れられた洞窟が今までやってきたことを。


何十年も前から繰り返している。


だからこそ、こちらの動きも、焦りも、勝ち筋も、すべて飲み込むように戦ってくる。



そして。


決定的な瞬間が来る。


夜狼王が冥王騎士へ飛び込む。


渾身の一撃。


冥王騎士も迎え撃つ。


激突。


轟音。


そして。


夜狼王が膝をついた。


その瞬間、広間の空気が変わった。


誰もが息を止める。


夜狼王が、膝をついた。


それは敗北の形だった。



終号が警告する。



敗北判定



中央広間が静まり返る。


全員理解した。


負けた。


だが、その静けさは、ただの敗北の静けさではなかった。


夜狼王が膝をついたまま、まだ立とうとしている。


爪が石床を削る。


喉の奥から低い唸りが漏れる。


まだ終わっていない。


まだ戦える。


その意思だけが、必死に場を支えていた。



冥王騎士が近付く。


夜狼王を見る。


数秒。


その赤い瞳は、獲物を見るというより、価値ある戦利品を測るように冷たかった。


夜狼王は立ち上がろうとした。


だが、膝が震える。


それでも唸り声を漏らし、牙を剥く。


まだ終わっていないと、全身で抗っていた。


冥王騎士はそんな夜狼王を見下ろし、静かに言った。


「良い王候補だ」


その言葉が嫌だった。


本当に嫌だった。


褒め言葉ではない。


奪う側の宣告だった。


夜狼王の背筋が、怒りでわずかに震える。


だが、その怒りすら、相手には届かない。



次の瞬間。


終号が表示する。



戦利契約発動



対象選択



夜狼王



沈黙。


王冠宰相が固まる。


影王が止まる。


ヴァルグランも動かない。


アダプトキングだけが画面を見ている。


リリスは息を呑み、アルベルトの目が鋭くなる。


その鋭さは、ただの驚きではない。


一瞬で温度を失った、怒りの目だった。



光が広がる。


強制契約。


止められない。


夜狼王の足元に魔法陣が展開する。


鎖のような光が四方から伸び、彼の四肢と影を絡め取った。


夜狼王が暴れる。


爪が石床を削る。


咆哮が広間を震わせる。


だが。


光はほどけない。


むしろ、彼の輪郭を少しずつ薄くしていく。


その姿が消えていくたび、広間の空気も一緒に削られていくようだった。



夜狼王が振り返る。


忘れられた洞窟を見る。


王冠宰相を見る。


影王を見る。


アルベルトを見る。


その瞳には、怒りだけではなかった。


まだ戦えるのに。


まだここにいるのに。


それでも連れていかれる。


そんな理不尽への悔しさと、仲間を残していく痛みが、はっきりと浮かんでいた。


王冠宰相が一歩踏み出す。


「夜狼王――」


だが、声は届かない。


影王も手を伸ばしかけて止まる。


ヴァルグランは歯を食いしばり、拳を震わせた。


アダプトキングは何かを言おうとして、言葉を失った。


リリスは唇を噛み、目を逸らせなかった。


誰もが、引き裂かれるような沈黙の中で立ち尽くしていた。



誰も何も言えなかった。


そして。


夜狼王の姿が消える。


完全に。


まるで最初からそこにいなかったかのように。


広間に残ったのは、彼が立っていた場所の空白だけだった。


その空白が、あまりにも大きい。


そこにいたはずの熱も、気配も、吠え声も、すべて一瞬で奪われた。


残された仲間たちは、その事実を受け止めきれず、ただ空白を見つめるしかなかった。



戦闘終了。


忘れられた洞窟敗北。


順位変動なし。


だが。


失ったものは大きすぎた。



静まり返る管理室で。


アルベルトが終号を見る。


珍しく怒っていた。


はっきりと。


その怒りは、ただの敗北への苛立ちではない。


仲間を奪われた怒りだった。


夜狼王が消えた空白が、部屋の空気を重く沈めていた。


アルベルトの拳が、静かに握られる。


目は冷たい。


だが、その奥には燃えるような熱があった。


奪われたなら、取り返す。


それだけだ。



その時。


終号が静かに新しい表示を出した。



夜狼王


戦利契約状態



契約安定化まで


7日



王候補融合儀式


予定



残り7日



中央広間が凍りつく。


夜狼王はまだ無事。


だが。


七日後には消える。


融合素材として使われる。


その事実が、敗北よりも深く胸を抉った。


助けられる時間はある。


だが、悠長にしていれば本当に失う。


今度こそ、取り返せなくなる。



王冠宰相が震える。


影王の瞳が細くなる。


ヴァルグランが拳を握る。


リリスは悔しさに唇を噛み、アダプトキングは静かに立ち上がった。


誰もが、夜狼王のいない広間の空白を見ていた。


そこにあったはずの気配。


いつも先頭で吠えていた声。


仲間を押し出すように前へ出る背中。


それが消えた事実が、ようやく全員の中に落ちていく。


その沈黙は重い。


悔しさも、怒りも、焦りも、言葉にならないまま沈殿していた。



アルベルトが言う。


短く。


静かに。


だが。


全員に聞こえる声で。


「取り返す」


その一言には、迷いがなかった。


怒りを押し殺した声ではない。


怒りを力に変えた声だった。


奪われたなら奪い返す。


夜狼王を、必ず連れ戻す。


その決意が、部屋の沈黙を切り裂いた。



敗北した。


完敗だった。


だが。


忘れられた洞窟は諦めない。


七日。


その時間がある限り。


失った仲間を取り戻すために。


夜狼王を奪い返すために。

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