第208話 幸運が呼んだもの
夜狼王を奪われて二日目。
忘れられた洞窟は異様な熱気に包まれていた。
残り五日。
冥府回廊へ再挑戦するまでの猶予。
その間に戦力を引き上げなければならない。
今のままでは勝てない。
それは全員が理解していた。
だからこそ。
研究施設。
召喚石保管庫。
終号。
全てを使う。
夜狼王を取り返すためなら、出し惜しみはしない。
◇
地下保管庫。
棚一面に並ぶ召喚石を前に、アルベルトは静かに頷いた。
「始めるか」
終号が反応する。
⸻
召喚石使用推奨
五十個
⸻
リリスが額を押さえた。
何度見ても多い。
だが今回は誰も反対しない。
夜狼王がいない。
それだけで十分だった。
◇
最初の召喚石が起動する。
黒鋼熊。
登録。
次。
毒沼大蛇。
登録。
飛行種。
昆虫種。
甲殻種。
次々に召喚される。
忘れられた洞窟の広間は、半日もしないうちに魔物で埋まっていた。
◇
終号が解析を続ける。
新規配合候補。
百二十件。
百七十件。
二百件。
数字が増え続ける。
アルベルトの機嫌は良い。
リリスの頭痛も増えていた。
◇
その時だった。
「ぷに!」
嫌な予感しかしない声が響く。
全員が振り向く。
プニシャドウだった。
◇
最近は王冠宰相や影王の陰に隠れていたが、忘れてはいけない。
忘れられた洞窟最大の事故要因である。
◇
プニシャドウは召喚石の山へ飛び込んだ。
ころん。
ぽよん。
ごろん。
召喚石が崩れる。
リリスが叫ぶ。
「待ちなさい!」
遅い。
◇
終号が警告を出した。
⸻
複数召喚石
異常共鳴
⸻
中央広間が静まり返る。
◇
次の瞬間だった。
研究施設全体が光った。
召喚石が反応する。
一個ではない。
十個。
二十個。
三十個。
同時だった。
◇
アダプトキングが止まる。
ヴァルグランも止まる。
王冠宰相ですら固まった。
◇
巨大な魔法陣が出現する。
今まで見たことがない。
研究施設全体を覆う規模だった。
◇
終号が解析を試みる。
だが。
途中で止まる。
⸻
解析不能
⸻
特殊召喚変異
発生
⸻
中央広間が凍りついた。
◇
アルベルトだけが笑っていた。
「面白いな」
リリスは頭を抱えた。
こういう時だけ本当に楽しそうだった。
◇
光が収束する。
そして。
中央に一つの影が現れた。
◇
全員が止まる。
◇
今までと違った。
熊ではない。
狼でもない。
竜でもない。
◇
人型だった。
◇
長い銀髪。
白い肌。
黒と青を基調とした衣装。
そして背中には半透明の光翼。
人間に近い。
だが違う。
瞳の奥に宿る光が、人ではないことを示していた。
◇
リリスが固まる。
ミレイも固まる。
アダプトキングですら言葉を失った。
◇
終号が表示を続ける。
⸻
特殊召喚個体
⸻
名称不明
⸻
研究施設記録照合中
⸻
中央広間が静まり返る。
◇
少女は周囲を見回した。
少し不安そうだった。
まるで長い眠りから目覚めたばかりのような表情。
◇
そして。
視線が止まる。
◇
プニシャドウだった。
◇
「ぷに!」
本人は得意げだった。
何故か胸を張っている。
◇
少女は数秒見つめる。
そして。
小さく頭を下げた。
「……召喚者」
中央広間が止まった。
喋った。
◇
王冠宰相が飛び上がる。
ヴァルグランが目を見開く。
影王も珍しく反応している。
◇
終号が急速に解析を進める。
数秒後。
表示が変わった。
⸻
個体名
星導妖姫
⸻
研究施設保管個体
⸻
補助特化個体
⸻
中央広間が静まり返る。
◇
ミレイが息を呑む。
「研究施設の個体……?」
終号が頷く。
⸻
研究者作成個体
⸻
保存状態
休眠
⸻
三十年間維持
⸻
全員が固まった。
◇
研究施設の魔物。
しかも三十年前。
王喰計画と同時代。
◇
アルベルトの目が細くなる。
面白い。
本当に面白い。
◇
終号が能力を表示する。
⸻
戦闘適性:低
解析適性:極高
育成補助:極高
記録解読:極高
⸻
特殊能力
進化観測
素材解析
記録再構築
⸻
リリスが息を呑む。
戦闘向きではない。
だが。
今の忘れられた洞窟に最も必要な能力だった。
◇
第四記録。
王喰。
研究者。
研究施設。
全てに関わる。
◇
少女――星導妖姫は周囲を見回した。
そして静かに言う。
「夜狼王が……いませんね」
中央広間が凍りつく。
◇
全員が見る。
星導妖姫は少しだけ悲しそうだった。
「私は知っています」
静かな声だった。
「冥府回廊も」
「王候補融合も」
「王喰計画も」
◇
誰も動けない。
◇
そして。
星導妖姫はアルベルトを見る。
真っ直ぐ。
迷いなく。
◇
「急いでください」
その一言で空気が変わる。
◇
「残り五日なら」
「まだ間に合います」
◇
夜狼王奪還。
王喰。
研究者の真相。
三十年前の秘密。
◇
忘れられた洞窟は。
新たな仲間と共に。
ついに核心へ踏み込み始めていた。




