第20話 召喚石
翌朝。
アルベルトはいつもより早く起きていた。
正確には。
ほとんど寝ていなかった。
召喚石が気になったからだ。
研究者として当然だった。
未知の魔物。
未知の可能性。
未知の配合。
気にならないわけがない。
「……」
洞窟の中央広間。
アルベルトは召喚石を見つめる。
手のひらほどの大きさ。
半透明の結晶。
中に小さな光が揺れている。
実に興味深い。
すると後ろから声がした。
「おはようございます」
リリスだった。
眠そうな顔をしている。
「おはよう」
「見てましたね」
「見ていたな」
「ずっとですよね?」
アルベルトは少し考えた。
「たぶん」
「寝てください!」
朝から元気だった。
リリスは召喚石を見る。
そしてため息を吐く。
「まあ気持ちは分かりますけど」
「そうか」
「新しい仲間ですからね」
「新しい研究対象だな」
「仲間です!」
リリスが訂正する。
アルベルトは特に反論しなかった。
その時。
アダプトジェルゴブリンがやってきた。
胸を張っている。
昨日からずっとそうだった。
完全にエースの自覚があるらしい。
「偉そうですね」
「偉そうだな」
アダプトジェルゴブリンが少し傷ついた顔をする。
分かりやすい。
「可愛いですね」
「可愛いな」
今度は機嫌が直った。
単純だった。
「さて」
アルベルトが召喚石を持ち上げる。
「割るか」
「ついにですね」
リリスも緊張した表情になる。
召喚石は運だ。
何が出るか分からない。
スライムかもしれない。
レア種かもしれない。
それこそ上位種が出る可能性もゼロではない。
アルベルトは石へ魔力を流した。
ひびが入る。
光が漏れる。
そして。
パリン。
召喚石が砕けた。
眩しい光。
広間を白く染める。
リリスが目を細める。
アダプトジェルゴブリンも興味津々だった。
やがて光が収まる。
そして。
そこにいたのは――
小さな黒い影だった。
「……」
「……」
「……」
全員が黙る。
影は床の上でゆらゆら揺れていた。
人型。
だが立体感が薄い。
まるで影そのものが生きているような姿だった。
「シャドウ?」
アルベルトが呟く。
その瞬間。
視界に文字が浮かぶ。
⸻
シャドウ
レア度:一般
夜間適性:高
隠密適性:高
配合適性:極めて高
⸻
アルベルトの目が見開かれた。
最後の一文。
初めて見た。
配合適性。
しかも。
極めて高い。
「ほう」
思わず声が漏れる。
リリスが嫌な顔をした。
「その反応やめてもらえます?」
「何がだ」
「絶対危険な顔してます」
「そうか?」
「してます」
研究スイッチが入っていた。
完全に。
シャドウは周囲を見回す。
そして。
ぺこりと頭を下げた。
礼儀正しかった。
「おお」
リリスが感心する。
シャドウはさらにアダプトジェルゴブリンを見る。
アダプトジェルゴブリンも見る。
数秒。
沈黙。
そして。
シャドウが後ろへ下がった。
少し怖かったらしい。
アダプトジェルゴブリンは少し傷ついた顔になった。
「気にしてますね」
「気にしているな」
分かりやすかった。
その時だった。
広間の奥から光が差し込む。
ダンジョンコアだった。
淡い青色の光が揺れる。
そして文字が現れる。
⸻
ダンジョン機能解放
順位990位到達
新機能解放
魔物図鑑
⸻
アルベルトが固まった。
リリスも固まった。
「魔物図鑑?」
「そんな機能があったのか」
二人とも知らない。
忘れられた洞窟は長年機能停止寸前だった。
順位条件を満たしていなかったのだろう。
新たな光が広がる。
空中に無数のページが浮かび上がる。
魔物名。
特徴。
生息地。
習性。
膨大な情報。
「おお……」
アルベルトの声が漏れる。
珍しく感情が乗っていた。
本当に興味がある時だけ出る声だった。
リリスが顔を引きつらせる。
「まずいですね」
「何がだ」
「また寝なくなります」
「そんなことはない」
信用できなかった。
全く。
その時。
アルベルトの視界に別の表示が現れる。
⸻
シャドウ × アダプトジェルゴブリン
成功率 74%
⸻
沈黙。
三秒。
五秒。
十秒。
リリスがゆっくり振り返る。
「見えてますよね」
「見えているな」
「何がです?」
アルベルトは答えない。
代わりに。
シャドウを見る。
アダプトジェルゴブリンを見る。
そして。
もう一度数字を見る。
七十四パーセント。
今までで最高だった。
「アルベルトさん」
リリスの声が低い。
「昨日生まれたばかりですよ?」
「そうだな」
「配合しませんよね?」
アルベルトは真面目に考えた。
研究者として。
配合師として。
そしてダンジョンマスターとして。
リリスは祈るような気持ちで返事を待った。
数秒後。
アルベルトは静かに言った。
「少し考える」
「考えないでください!」
忘れられた洞窟に、リリスの悲鳴が響き渡った。
一方その頃。
ランキング九百位台のあるダンジョンでは、一通の報告書が提出されていた。
『忘れられた洞窟』
『順位変動:998位→990位』
『新人ダンジョンマスター配属後、急激な成長を確認』
その報告書を読んだ男が小さく呟く。
「八つ上げたのか」
そして興味深そうに笑った。
忘れられた洞窟はまだ知らない。
初勝利の裏で。
すでに上位ダンジョンから注目され始めていることを。




