第18話 九百九十七位の終わり
アダプトジェルゴブリンの腕がロックオーガへ絡みつく。
ぐにゃりと伸びた半透明の腕は、まるで生きた鎖だった。
ロックオーガが暴れる。
引き剥がそうとする。
だが外れない。
スライムの粘着力とアダプトゴブリンの筋力。
その二つが合わさった拘束は、予想以上に強力だった。
「すごい……」
リリスが呆然と呟く。
つい数分前まで押されていた。
それが今では互角以上。
配合一つで戦況がひっくり返っていた。
だが。
アルベルトはロックオーガを見ていなかった。
視線の先はその後方。
指揮官コボルト。
落盤を生き延びた群れの長だった。
「やはりな」
小さく呟く。
「何です?」
リリスが尋ねる。
「このダンジョンの強さの正体だ」
アルベルトは戦場を観察する。
ロックオーガが前に出る。
コボルトが指示を出す。
ゴブリンが補助する。
採掘ゴブリンが足場を整える。
連携。
役割分担。
つまり。
ロックオーガが強いのではない。
群れが強いのだ。
「分かった」
「どういうことです?」
「ロックオーガが中心というわけじゃない」
アルベルトは指揮官コボルトを指差す。
「あれが本体だ」
リリスが目を見開く。
確かに。
落盤後も群れが崩れなかったのはあいつがいたからだ。
ロックオーガが暴れているのも命令があるから。
つまり。
倒すべき相手は最初から決まっている。
「リリス」
「はい」
「少しだけ囮を頼む」
嫌な予感しかしない。
しかし今さらだった。
リリスは深いため息を吐く。
「生きて帰れます?」
「たぶん」
「信用できませんね」
そう言いながらも翼を広げた。
そして飛ぶ。
敵軍の頭上へ。
「こっちですよー!」
紫色の魔力を放つ。
サキュバス特有の魅了魔法。
完全支配はできない。
だが注意を引くには十分だった。
生き残ったコボルトたちの視線が空へ向く。
指揮官コボルトも思わず顔を上げる。
その瞬間だった。
アルベルトが叫ぶ。
「今だ!」
アダプトジェルゴブリンが動く。
ロックオーガを引き寄せる。
拘束した腕を思い切り引っ張った。
ロックオーガの体勢が崩れる。
そこへ。
もう一本の腕が伸びる。
鞭のように。
槍のように。
一直線に。
指揮官コボルトへ。
「ギャッ――」
短い悲鳴。
アダプトジェルゴブリンの拳が指揮官コボルトを直撃した。
群れの長が吹き飛ぶ。
岩壁へ叩きつけられる。
そして。
動かなくなった。
静寂。
戦場から音が消える。
コボルトたちが固まる。
ゴブリンたちも固まる。
何が起きたのか理解できていない。
そして次の瞬間。
群れが崩壊した。
統率が消えたのだ。
逃げ出す者。
怯える者。
立ち尽くす者。
命令がない。
指示がない。
もう戦えない。
「なるほど」
アルベルトは納得する。
やはり予想通りだった。
このダンジョンは群れで完成していた。
だから頭を失えば終わる。
だが。
まだ一体残っていた。
ロックオーガ。
群れの最後の戦力。
巨体が咆哮する。
怒りだった。
長を失った怒り。
つるはしを振り上げる。
アダプトジェルゴブリンへ突撃する。
「危ない!」
リリスが叫ぶ。
しかし。
アルベルトは動かない。
むしろ冷静だった。
「終わりだ」
ロックオーガが踏み込む。
そして。
足を滑らせた。
落盤で崩れた瓦礫。
そこへアダプトジェルゴブリンの粘液が広がっていた。
見えない罠。
巨体は勢いを止められない。
バランスを失う。
前のめりになる。
採掘用個体特有の前重心。
アルベルトが最初に見抜いた弱点だった。
「今だ」
アダプトジェルゴブリンが飛び出す。
拳を握る。
そして。
ロックオーガの顎へ全力の一撃を叩き込んだ。
ドゴォォォォン!!
巨体が浮く。
そのまま倒れる。
地面が揺れる。
土煙が舞う。
そして。
二度と立ち上がらなかった。
静寂。
完全な静寂だった。
数秒後。
リリスが恐る恐る口を開く。
「勝った……?」
アルベルトは頷く。
「ああ」
ランキング戦終了。
忘れられた洞窟の初勝利だった。
その瞬間。
ダンジョン全体に光が満ちる。
空中へ巨大な文字が浮かび上がった。
⸻
ランキング戦終了
勝者
忘れられた洞窟
順位変動処理中――
⸻
リリスが目を輝かせる。
アルベルトも見上げる。
そして。
二人は知らなかった。
この勝利によって。
忘れられた洞窟の運命が大きく変わり始めることを。




