第17話 アダプトゴブリン × スライム
「配合を行う」
その言葉を聞いた瞬間。
リリスは両手で顔を覆った。
ついに言った。
言ってしまった。
最悪のタイミングで。
ランキング戦の真っ最中に。
敵のエースが暴れている状況で。
「本当にやるんですね……」
「やる」
「止めても?」
「やる」
「ですよね」
知っていた。
この男はこういう時だけ妙に頑固だ。
普段は何を言われても「そうか」で流すのに、研究や配合が絡むと絶対に譲らない。
そして今は。
ダンジョンマスターとして本気で必要だと思っている。
だから余計に止まらない。
アルベルトはスライムへ手を伸ばした。
ぷるぷる。
緊張感のない反応だった。
本人は何も分かっていない。
一方でアダプトゴブリンはロックオーガと距離を取っている。
腕には傷。
呼吸も荒い。
明らかに消耗していた。
このまま続けば負ける。
だから。
賭けるしかない。
アルベルトの視界に文字が浮かぶ。
⸻
アダプトゴブリン × スライム
成功率 61%
実行しますか?
⸻
初めてだった。
成功率以外の表示。
アルベルトの目が僅かに見開かれる。
リリスは気付かない。
見えていないからだ。
だがアルベルトは理解した。
配合眼が問いかけている。
実行するか。
しないか。
選択を。
「……」
一瞬だけ迷う。
失敗率三十九パーセント。
決して低くない。
学園なら誰も挑戦しない数字だ。
しかし。
今は違う。
アダプトゴブリンが吹き飛ばされる。
ロックオーガが迫る。
残された時間は少ない。
「実行」
アルベルトは静かに呟いた。
その瞬間だった。
スライムの身体が光る。
アダプトゴブリンの身体も光る。
眩い光。
ランキング戦のフィールド全体が輝いた。
「え?」
リリスが固まる。
敵軍も動きを止めた。
指揮官コボルトも。
ロックオーガも。
全員が光を見上げている。
普通の進化ではない。
普通の魔法でもない。
未知の現象だった。
「アルベルトさん!?」
リリスが叫ぶ。
しかしアルベルトは返事をしない。
光を見つめていた。
研究者として。
配合師として。
そして。
世界でただ一人、この結果を見届けられる存在として。
光が渦を巻く。
スライムが溶ける。
アダプトゴブリンへ流れ込む。
融合。
変化。
再構築。
骨格が変わる。
筋肉が膨張する。
皮膚が蠢く。
その光景を見ながらアルベルトは息を呑んだ。
学園の教科書には載っていない。
論文にも存在しない。
完全な未知だった。
やがて。
光が収束する。
静寂。
数秒。
そして。
新たな魔物が姿を現した。
「……え?」
最初に声を出したのはリリスだった。
目の前の存在は。
ゴブリンだった。
確かにゴブリンに見える。
だが違う。
明らかに違う。
身長はアダプトゴブリンより一回り大きい。
筋肉も増している。
しかし最も異質なのは皮膚だった。
半透明。
まるでスライムをそのまま纏ったような身体。
腕の一部が流動している。
傷ついた箇所がゆっくりと再生していく。
異様な生命力。
そして。
頭上へ文字が浮かぶ。
アルベルトにだけ見える文字。
⸻
アダプトジェルゴブリン
レア度:希少
⸻
「希少種……?」
アルベルトが思わず呟く。
初めて見る表記だった。
その瞬間。
新たな文字が現れる。
⸻
進化可能
⸻
「またか」
思わず口から漏れる。
リリスが振り返った。
「何がまたなんですか!?」
「いや」
「絶対何か見えてますよね!?」
鋭い。
最近勘が良い。
しかし今は説明している暇がなかった。
ロックオーガが動いたからだ。
巨大なつるはしを構える。
敵も危険だと判断したらしい。
新たな魔物を警戒している。
当然だ。
指揮官コボルトが叫ぶ。
ロックオーガが突撃する。
そして。
アダプトジェルゴブリンも前へ出た。
両者が激突する。
リリスは息を呑む。
先ほどまでなら吹き飛ばされていた。
だが。
今回は違った。
ドゴォォォン!!
轟音。
衝撃。
しかし。
アダプトジェルゴブリンは下がらない。
受け止めていた。
ロックオーガの一撃を。
真正面から。
「は?」
リリスの口から間抜けな声が漏れる。
敵軍も固まっていた。
ロックオーガ自身ですら驚いているように見える。
そして。
次の瞬間。
アダプトジェルゴブリンの腕が変形した。
ぐにゃり。
スライムのように伸びる。
そして。
ロックオーガの腕へ絡みついた。
「え?」
リリスが二度目の声を漏らす。
聞いていない。
そんな能力。
誰も聞いていない。
アダプトジェルゴブリンはそのまま腕を固定する。
ロックオーガが暴れる。
だが外れない。
粘着。
拘束。
スライムの特性。
そして。
アダプトゴブリンの筋力。
二つが融合していた。
アルベルトの目が輝く。
成功だ。
間違いなく成功だった。
そして。
想像以上の成功だった。
ランキング戦の流れが。
今まさに変わろうとしていた。




