第16話 六十一パーセントの賭け
ロックオーガがつるはしを振り下ろす。
轟音。
アダプトゴブリンは寸前で回避したが、地面が大きく抉れた。
砕けた岩片が周囲へ飛び散る。
もし直撃していれば終わっていた。
再生能力があるとはいえ限界はある。
致命傷まで回復できる保証はない。
「まずいですね……」
リリスが唇を噛む。
先ほどの落盤で戦況は大きく変わった。
コボルトやゴブリンの大半は戦闘不能になった。
しかし。
本当に危険だったのは最後まで残っていた。
ロックオーガ。
採掘型ダンジョンの切り札。
灰色の穴蔵のエース。
「おかしいですよ!」
リリスが叫ぶ。
「何がだ」
「下から二番目ですよ!?」
アルベルトは頷いた。
確かにそうだ。
しかし違和感はない。
むしろ納得していた。
「採掘型だからだろう」
「え?」
「本来は戦闘用じゃない」
アルベルトはロックオーガを観察する。
分厚い腕。
巨大なつるはし。
異常な筋力。
だが同時に見えてくるものもあった。
「重心が前寄りだな」
「分かるんですか?」
「採掘用だからな」
前屈みの姿勢。
肩周りの筋肉。
腕の発達。
全てが岩を砕くための身体だった。
戦闘用として育てられた個体とは違う。
それでも強いことに変わりはないが。
「つまり?」
「戦闘特化ではない」
「でも強いですよ!?」
「強いな」
実際問題として強かった。
アダプトゴブリンが押されている。
下位ダンジョンで保有するには十分すぎる戦力だ。
だが。
アルベルトは逆に少し安心していた。
もしこれが戦闘特化の上位種なら勝負にならなかった。
採掘用だからまだ可能性がある。
その時だった。
ロックオーガが再び突進する。
アダプトゴブリンも迎撃。
拳とつるはしが激突した。
ドゴォン!!
衝撃。
アダプトゴブリンが数歩後退する。
腕から血が流れる。
再生が追いつかない。
リリスの顔が青くなった。
「押されてます!」
「見れば分かる」
「冷静ですね!?」
「冷静でなければ死ぬ」
その言葉にリリスは反論できなかった。
確かにそうだ。
焦っても勝てない。
考えなければならない。
勝ち筋を。
しかし。
アルベルトは周囲を見回してもいた。
落盤で地形は変わった。
追加で利用できる場所はない。
敵の数も残り少ない。
だがロックオーガがいる限り決着はつかない。
そして。
視界の端にスライムたちが映る。
ぷるぷる。
相変わらず緊張感がない。
その頭上へ。
見慣れた文字が浮かんだ。
⸻
アダプトゴブリン × スライム
成功率 61%
⸻
アルベルトの目が細くなる。
昨日からずっと表示されている数字。
普通ではない。
高すぎる。
学園で学んだ常識ならあり得ない。
リリスが嫌な顔をした。
「見ましたね」
「見たな」
「配合ですね」
「配合だ」
即答だった。
リリスは頭を抱える。
この人は本当にブレない。
ロックオーガが暴れている。
ランキング戦の真っ最中。
普通なら戦術を考える。
しかしアルベルトは配合を考えている。
いや。
正確には違う。
リリスは気付いていた。
今のアルベルトは研究者の顔ではない。
ダンジョンマスターの顔だった。
「本気なんですか?」
アルベルトは視線を戦場へ戻す。
アダプトゴブリンが苦戦している。
ロックオーガはまだ余力を残している。
このままなら負ける。
それは間違いない。
「リリス」
「はい」
「今の戦力で勝てると思うか?」
リリスは黙る。
言いたくない。
だが答えは出ていた。
「……厳しいです」
「俺もそう思う」
アダプトゴブリンは強い。
だがまだ生まれて数日。
ロックオーガは長く育成された個体だろう。
地力が違う。
「だから賭ける」
アルベルトは静かに言った。
リリスが息を呑む。
六十一パーセント。
高い。
だが絶対ではない。
失敗率は三十九パーセント。
ほぼ四割だ。
もし失敗すれば。
アダプトゴブリンを失うかもしれない。
あるいはスライムを失うかもしれない。
戦力低下は避けられない。
その時点で敗北だ。
「普通ならやりませんよ」
リリスが言う。
「普通ならな」
アルベルトは頷く。
そして少しだけ笑った。
「だが、忘れられた洞窟は普通じゃない」
最下位寸前のダンジョン。
配属希望ゼロ。
閉鎖待ち。
そんな場所に配属されたのだ。
最初から普通に戦える立場ではなかった。
だから。
勝負するしかない。
その時だった。
ドゴォッ!!
アダプトゴブリンが再び吹き飛ばされる。
岩壁へ叩きつけられる。
ロックオーガが咆哮する。
敵の指揮官コボルトが勝利を確信したように吠えた。
時間切れだった。
アルベルトは決断する。
スライムへ手を伸ばした。
「アルベルトさん」
リリスの声が震える。
「失敗したら?」
アルベルトは少し考えた。
そして。
研究者らしく答える。
「失敗する可能性は三十九パーセントだ」
「そういうこと聞いてるんじゃありません!」
思わず叫ぶ。
だがアルベルトは真剣だった。
「成功率六十一パーセントなら挑戦する価値がある」
それは学園時代から変わらない考え方だった。
誰も挑戦しない。
だから新しい発見が生まれない。
そして今。
その異常な思考がダンジョンの命運を左右しようとしていた。
ロックオーガがアダプトゴブリンへ迫る。
アダプトゴブリンが立ち上がる。
敵軍が歓声を上げる。
その戦場の中心で。
アルベルトは静かに宣言した。
「配合を行う」
最大の賭けが始まろうとしていた。




