第12話 追跡の先
「追う」
アルベルトの一言で、忘れられた洞窟の初めてのランキング戦は動き始めた。
コボルトの姿はすでに岩陰へ消えている。
だがアダプトゴブリンは迷わなかった。
地面を蹴り、一気に走り出す。
「ちょっ、本当に行くんですか!?」
リリスが慌てて後を追う。
アルベルトも冷静に歩き始めた。
走らない。
焦らない。
その姿にリリスは思わず叫ぶ。
「急いでください!」
「急いでいる」
「全然そう見えません!」
「アダプトゴブリンが先行している」
「それが心配なんです!」
もっともな意見だった。
現在の戦力の大半を占めるエースである。
失えば終わる。
しかしアルベルトはそれほど心配していなかった。
アダプトゴブリンの能力は昨日までの観察で把握している。
身体能力は高い。
再生能力もある。
少なくともコボルト一匹に負けるような戦力ではない。
問題はその先だ。
コボルトが逃げた理由。
そこに本隊がいる可能性が高い。
岩場を進みながらアルベルトは周囲へ視線を走らせる。
地面。
壁。
天井。
そして足跡。
学園時代からの癖だった。
成績は悪かった。
実技も苦手だった。
だが観察だけは続けてきた。
誰も見ないような部分を見る。
それが配合師として生き残る唯一の武器だった。
やがてアルベルトは足を止める。
「どうしました?」
リリスも立ち止まった。
アルベルトは地面を指差す。
そこには新しい足跡が残っていた。
コボルトのものだ。
しかし一つではない。
複数。
かなりの数。
「やっぱり多いですか……」
リリスの顔が引きつる。
アルベルトは頷いた。
「少なくとも群れで行動している」
「何匹くらいです?」
「分からん」
「最近そればっかりですね」
「分からないものは分からない」
研究者として正しい答えだった。
リリスは納得しない。
その時だった。
前方から鈍い衝撃音が響く。
ドゴンッ!
続けて何かが砕ける音。
岩が崩れる音。
そして。
「ギャアアア!」
獣の悲鳴。
リリスが目を見開いた。
「アダプトゴブリン!」
二人は急いで音の方向へ向かう。
そして岩陰を抜けた瞬間。
目の前の光景にリリスは固まった。
「え?」
そこにはコボルトが三匹転がっていた。
全員倒れている。
その中央でアダプトゴブリンが腕を組んで立っていた。
無傷だった。
「強っ!」
思わず声が出る。
アダプトゴブリンは少し得意そうだった。
胸を張っている。
褒めてほしいらしい。
「おお」
アルベルトも感心する。
想像以上だった。
コボルトはゴブリンよりやや強い。
それを三匹同時に倒している。
しかも短時間で。
配合は成功だった。
間違いなく。
その時。
アダプトゴブリンの頭上に文字が浮かぶ。
⸻
進化可能
⸻
相変わらず消えない。
いや。
アルベルトには少し違って見えた。
文字の輝きが強くなっている。
気がした。
「……」
アルベルトが黙る。
「ダメです」
リリスが即答した。
「まだ何も言っていない」
「進化のこと考えましたよね?」
「少しだけ」
「やっぱり!」
ランキング戦中である。
今はやめてほしい。
心の底から。
しかしアルベルトは真面目な顔へ戻った。
視線を倒れたコボルトへ向ける。
戦闘の痕跡を観察する。
そして違和感に気付いた。
「妙だな」
「何がです?」
「少なすぎる」
リリスは周囲を見回した。
確かに。
敵がいない。
コボルト三匹だけ。
それで終わり。
だが偵察時の情報から考えるとおかしい。
採掘型ダンジョンならもっと数がいるはずだ。
「本隊じゃない?」
「違うな」
アルベルトは断言した。
三匹だけなら逃げる必要がない。
わざわざ仲間を呼ぶ動きをした意味がない。
つまり。
まだいる。
近くに。
その瞬間だった。
アダプトゴブリンが低く唸る。
警戒。
敵を見つけた時の反応だ。
アルベルトも振り返る。
リリスも息を呑む。
岩柱の向こう。
暗闇の奥。
無数の光が浮かんでいた。
赤い光。
黄色い光。
青白い光。
最初は何か分からなかった。
だがすぐに気付く。
目だ。
大量の目。
暗闇の中からこちらを見ている。
一つや二つではない。
十でも足りない。
もっと多い。
「うそ……」
リリスの声が震える。
暗闇から現れたのはコボルトだった。
一匹。
二匹。
五匹。
十匹。
さらに増える。
そしてその後ろから。
別の影が現れた。
背が低い。
緑色の肌。
粗末な棍棒。
ゴブリン。
さらに。
背中に大きな袋を背負った個体もいる。
採掘用の道具を持っていた。
アルベルトは目を細める。
予想通りだ。
そして予想以上だった。
「リリス」
「は、はい」
「訂正だ」
「何をです?」
アルベルトは敵の軍勢を見ながら言った。
「思ったより多い」
「見れば分かります!!」
悲鳴のようなツッコミが響く。
敵の数は二十を超えていた。
まだ増えている。
対するこちらは。
アダプトゴブリン一体。
スライム二体。
リリス一人。
圧倒的不利。
普通なら逃げる場面だった。
しかし。
アルベルトはなぜか周囲の地形を観察していた。
岩柱。
通路幅。
段差。
崩れかけた岩壁。
そして敵の位置。
情報が頭の中で繋がっていく。
リリスはその横顔を見た。
知っている顔だった。
研究者の顔ではない。
何かを思いついた時の顔。
つまり。
ろくでもない顔である。
「アルベルトさん」
「何だ」
「その顔やめてもらえます?」
「無理だ」
「何か思いつきましたね?」
アルベルトは小さく頷いた。
そして。
静かに言った。
「勝てるかもしれん」
その言葉にリリスは嫌な予感しかしなかった。
ランキング戦開始から十分。
忘れられた洞窟は初めて本当の敵と対峙することになる。




