第11話 ランキング戦当日
ランキング戦当日の朝。
忘れられた洞窟には、いつもとは違う緊張感が漂っていた。
もっとも、その緊張感を発しているのは主に一人だけだった。
「緊張します……」
リリスが落ち着かない様子で洞窟を歩き回る。
座ったと思ったら立ち上がり、立ったと思ったらまた歩き出す。
そんな様子を見ながら、アルベルトは黙々とノートへ何かを書き込んでいた。
「聞いてます?」
「聞いている」
「本当ですか?」
「緊張しているんだろう」
「そうです!」
「分かっている」
ならもう少し反応してほしい。
リリスはそう思った。
しかしアルベルトは相変わらずだった。
昨夜も遅くまで資料を見直していたらしい。
ランキング戦の準備をしていたのかと思えば違う。
半分以上は進化について考えていた。
間違いなく。
「アルベルトさん」
「何だ」
「今、進化のこと考えてませんよね?」
アルベルトは少しだけ視線を逸らした。
「少しだけ」
「やっぱり!」
朝から元気なツッコミが洞窟に響く。
アダプトゴブリンはそんな二人を見ながら首を傾げていた。
スライム二体はいつも通りぷるぷるしている。
平和だった。
少なくとも今は。
その時だった。
洞窟の中央に置かれたダンジョンコアが眩く輝き始める。
青白い光が洞窟全体を照らし出し、空気が微かに震えた。
アルベルトとリリスの表情が変わる。
ついに来た。
ランキング戦の開始通知である。
ダンジョンコアの表面へ文字が浮かび上がった。
⸻
ランキング戦開始
対戦相手
灰色の穴蔵
準備時間 十分
⸻
「十分しかないんですか!?」
リリスが叫ぶ。
「十分もある」
アルベルトは冷静だった。
十分あれば十分だ。
できることは昨夜までに終わらせている。
今さら慌てても意味はない。
ダンジョンコアの文字はさらに変化した。
⸻
戦闘フィールド生成中
⸻
洞窟の床へ巨大な魔法陣が浮かび上がる。
忘れられた洞窟で見たこともない規模だった。
スライムたちが驚いて飛び跳ねる。
アダプトゴブリンは警戒するように身構えた。
「なるほど」
アルベルトが呟く。
「どうしました?」
「ダンジョン同士を直接接続するわけではないらしい」
「どういうことです?」
「専用フィールドを作るんだろう」
リリスは少し安心した。
相手のダンジョンへ攻め込むのかと思っていたからだ。
それなら迷子になる心配はない。
いや、戦闘自体が心配なのだが。
十分後。
魔法陣の光が最高潮に達した。
そして。
⸻
ランキング戦を開始します
⸻
機械的な声が洞窟へ響く。
同時に世界が白く染まった。
眩しい。
思わず目を閉じる。
身体が浮くような感覚。
そして。
次の瞬間。
景色が変わっていた。
「うわ……」
リリスが息を呑む。
そこは広大な地下空間だった。
天井は高い。
地面は岩だらけ。
所々に巨大な岩柱が立ち並び、視界を遮っている。
戦場としては悪くない。
いや、悪すぎる。
敵がどこにいるか分からない。
「アルベルトさん」
「見えている」
アルベルトも周囲を観察していた。
研究者の癖である。
まず観察。
次に分析。
最後に結論。
焦るのはその後だ。
現在位置は恐らく自陣側。
周囲に味方以外の気配はない。
敵もまだ見えない。
だが。
遠くから金属音のようなものが聞こえていた。
カン。
カン。
カン。
一定の間隔で響く音。
アルベルトは耳を澄ませる。
採掘音。
間違いない。
「やはり採掘型か」
小さく呟く。
その瞬間だった。
アダプトゴブリンが警戒するように前へ出た。
同時に岩陰から何かが飛び出す。
小柄な影。
灰色の毛皮。
鋭い牙。
「コボルト!」
リリスが叫んだ。
敵もこちらを発見したらしい。
コボルトは一瞬だけ動きを止める。
予想外だったのだろう。
向こうも偵察中だったらしい。
互いに目が合う。
数秒の静寂。
そして。
コボルトは全力で後ろへ走り出した。
「逃げました!」
「仲間を呼ぶ気だな」
アルベルトは即座に判断する。
コボルト単体で戦う気はない。
つまり。
近くに本隊がいる。
「どうします!?」
リリスが慌てる。
追うか。
待つか。
選択の時間は短い。
アダプトゴブリンはすでに走り出す準備をしていた。
アルベルトは敵が消えた方向を見つめる。
採掘型ダンジョン。
コボルト。
本隊。
そして地形。
頭の中で情報が組み上がっていく。
やがて。
一つの結論へ辿り着いた。
そして静かに口を開く。
「追う」
リリスが目を見開く。
「罠だったらどうするんです!?」
当然の疑問だった。
しかしアルベルトは小さく笑う。
研究者が未知を前にした時の顔ではない。
勝負師の顔だった。
「罠なら利用する」
その言葉を聞いた瞬間。
リリスの嫌な予感は最高潮に達した。
ランキング戦開幕。
忘れられた洞窟、最初の戦いが始まろうとしていた。




