第104話 管理者私室
研究棟の奥。
管理者私室。
その扉の前でアルベルト達は立ち止まっていた。
最終研究区画ではない。
だが。
三十年前の研究者本人が使っていた部屋である。
価値は計り知れない。
「入りますか」
リリスが聞く。
「入る」
当然だった。
ここまで来て引き返す理由がない。
幻影狼が前へ出る。
青い光が扉へ流れ込む。
すると。
重い音を立てて扉が開いた。
静かな部屋だった。
想像よりずっと普通だった。
豪華な家具はない。
宝物もない。
大きな机。
本棚。
簡易ベッド。
生活感のある研究室。
そんな印象だった。
「意外ですね」
リリスが周囲を見回す。
「もっと凄い部屋かと思いました」
「研究者だからな」
アルベルトは机へ近付く。
資料が並んでいる。
手書きのメモも残っていた。
そして。
本棚。
大量の本。
そのほとんどが配合関係だった。
リリスが苦笑する。
「似ていますね」
「何がだ」
「研究者さんとアルベルトさんです」
アダプトロードも頷く。
完全に同意だった。
アルベルトは聞こえなかったことにした。
その時。
机の上に置かれた一冊のノートが目に入る。
他の資料と違う。
かなり使い込まれている。
表紙には何も書かれていない。
アルベルトは開いた。
最初のページ。
そこには綺麗な文字が並んでいた。
『研究日誌』
沈黙。
全員が集まる。
研究者本人の日記だった。
アルベルトは読み進める。
『研究開始三年目』
『配合成功率向上』
『だが理想には遠い』
ページをめくる。
『研究開始五年目』
『零番誕生』
『初めて成功した』
さらにめくる。
『研究開始八年目』
『育成施設完成』
『ようやく形になってきた』
順調だった。
研究は少しずつ前へ進んでいた。
しかし。
途中から文章が変わる。
『研究開始十一年目』
『外部から圧力』
『研究成果の提出要求』
アルベルトの手が止まる。
リリスも真剣な表情になる。
今まで出てこなかった話だ。
外部。
つまり研究者以外の誰か。
『断った』
『まだ完成していない』
『未完成品は渡せない』
次のページ。
『研究開始十二年目』
『再度要求』
『危険を理解していない』
空気が少し重くなる。
研究者は何かを隠していた。
そんな気配があった。
さらにページをめくる。
『研究開始十三年目』
『最終研究開始』
『成功すれば全てが変わる』
その下には小さく書かれていた。
『失敗すれば終わる』
沈黙。
誰も喋らない。
最終研究区画。
生命進化研究。
先ほど聞いた話と繋がった。
研究者自身も危険を理解していたのだ。
その時。
「ぷに!」
元気な声が響く。
緊張感が吹き飛んだ。
全員が振り向く。
ぷにが本棚へ登っている。
まただった。
本当にまただった。
「降りてください」
「ぷに!」
聞いていない。
いつも通りだった。
だが。
今回は違った。
ぷにが本棚の上に飛び乗った瞬間。
カチッ。
小さな音が響く。
沈黙。
嫌な予感しかしない。
数秒後。
本棚が動いた。
「え?」
リリスが固まる。
本棚が横へスライドする。
隠し部屋だった。
全員が絶句する。
「また見つけましたね」
リリスが呟く。
「ぷに!」
本人は得意げだった。
夜宝守も誇らしそうである。
何故なのかは誰にも分からない。
隠し部屋の中は小さかった。
だが。
中央に一つだけ箱が置かれている。
黒い箱。
厳重に封印されていたらしい。
箱の上には手紙があった。
アルベルトが読む。
そこにはこう書かれていた。
『後継者へ』
研究者の文字だった。
『もしここへ辿り着いたなら、君は配合士だろう』
『だからこれを残す』
『私の最高の発見ではない』
『だが最も実用的な成果だ』
アルベルトが箱を開く。
中から現れたのは一冊の分厚い本だった。
タイトルを見た瞬間。
全員が固まる。
⸻
第三因子研究録
⸻
沈黙。
アダプトロードが目を見開く。
リリスも固まる。
アルベルトだけが静かに本を見つめていた。
第三因子。
最近配合眼に現れ始めた謎の要素。
それについて書かれた研究資料。
三十年前の研究者は既にそこへ到達していたのである。
そして。
表紙の裏には一文だけ書かれていた。
『配合の本質は二体ではない』
研究棟が静まり返る。
アルベルトの目が細くなる。
第三因子。
三体配合。
異常成功。
全てが少しずつ繋がり始めていた。
忘れられた洞窟の本当の研究は。
まだ入口に立ったばかりだったのである。




