第103話 零番計画
研究棟の空気が張り詰める。
アルベルトの前には一つの表示。
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特別研究記録
零番計画
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閲覧可能
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三十年前の研究者が残した特別記録。
普通の育成理論でもない。
普通の配合理論でもない。
幻影狼そのものに関わる記録だった。
「開きますか?」
リリスが聞く。
「もちろんだ」
即答だった。
研究施設の秘密を前にして躊躇するアルベルトではない。
画面へ触れる。
すると研究棟の中央に巨大な映像が投影された。
白衣の男。
これまで何度か見た研究者だった。
だが今回は今までで一番鮮明だった。
年齢は三十代後半くらい。
穏やかな顔立ち。
だが目だけは異様なほど鋭い。
研究者の目だった。
『零番計画記録開始』
男が話し始める。
『もしこの記録を見ている者がいるなら、私は既にここにはいない』
研究棟が静まり返る。
誰も喋らない。
『まず伝えておく』
『私は天才ではない』
リリスが少し驚く。
だが男は続けた。
『私が成功したのは才能ではなく失敗の数だ』
映像が変わる。
大量の資料。
壊れた実験設備。
失敗した研究個体。
墓標。
先ほど見た研究墓地と同じ光景だった。
『百回失敗した』
『二百回失敗した』
『三百回失敗した』
『それでも続けた』
アルベルトは黙って聞いていた。
どこか共感する部分があった。
自分も配合を繰り返してきた。
失敗も経験した。
だから分かる。
成功より失敗の方が多い。
それが研究だ。
『そして完成した』
映像が変わる。
白い狼。
幻影狼だった。
今より少し幼い。
だが間違いない。
『研究個体零番』
『最初の成功作』
幻影狼が静かに映像を見ている。
まるで昔の自分を見ているようだった。
『零番は戦闘用ではない』
『守護者でもない』
『兵器でもない』
そこで男は少し笑った。
『友だ』
沈黙。
リリスが目を瞬く。
アダプトロードも少し驚いていた。
研究者と研究個体。
主従ではない。
友。
そう呼んだのである。
『私は零番と共に研究を進めた』
『だから最後の管理権限を託した』
『私より優秀な後継者が現れるまで』
そこで映像が止まる。
研究棟に静寂が戻った。
数秒後。
リリスが呟く。
「優しい人だったんですね」
「そうだな」
アルベルトも同意した。
少なくとも魔物を道具として扱う人物ではなかった。
だからこそ。
幻影狼は三十年以上待ち続けたのかもしれない。
その時だった。
映像が再開する。
男の表情が変わる。
今度は研究者の顔だった。
『ここからが本題だ』
空気が変わる。
全員が集中する。
『忘れられた洞窟は失敗した』
沈黙。
リリスが固まる。
アダプトロードも動きを止めた。
失敗?
ここまでの施設を作った研究者が?
『育成理論は完成した』
『配合理論も完成した』
『環境理論も完成した』
『だが最後だけ失敗した』
映像が切り替わる。
巨大な施設。
今まで見たことがない空間。
おそらく最終研究区画。
そして中央には巨大な魔法陣。
『私は最後に生命進化を研究した』
『それが間違いだった』
研究棟が静まり返る。
生命進化。
聞いただけで危険な響きだった。
『研究は成功した』
『だから失敗した』
意味が分からない。
だが男の表情は真剣だった。
『後継者へ』
『最終研究区画へ行くなら覚悟しろ』
『あそこには私の最高傑作が眠っている』
そこで映像が終了した。
完全な沈黙。
誰も喋らない。
最高傑作。
その言葉だけが頭に残る。
研究個体零番ですら最初の成功作だった。
なら。
最高傑作とは何なのか。
アルベルトは自然と最終研究区画の方向を見る。
そこにはまだ行けない。
だが確実に近付いている。
その時。
幻影狼が立ち上がった。
静かに歩く。
そして研究棟の奥へ向かう。
「まだ何かあるみたいですね」
リリスが言う。
幻影狼は一つの扉の前で止まった。
他の部屋より小さい。
だが管理者専用らしい造りだった。
扉の横には古い文字。
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管理者私室
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「研究者の部屋か」
アルベルトが呟く。
三十年前の研究者が実際に生活していた場所。
もしかすると。
研究記録よりもっと個人的な何かが残っているかもしれない。
そして何より。
そこには配合士としての原点が眠っている気がした。
忘れられた洞窟の秘密はまだ終わらない。
むしろ。
ここからさらに深くなろうとしていた。




