第102話 零番の案内
第一育成区画に静かな風が吹いていた。
研究墓標。
そう呼ぶしかない場所の中央で、アルベルト達はしばらく動けずにいた。
研究個体零番。
成功作。
管理者補佐個体。
そして幻影狼。
三十年以上前の研究者が残した最後の言葉。
『後継者を導け』
その意味を考えていたのである。
「つまり……」
最初に口を開いたのはリリスだった。
「この子は三十年以上待っていたんですか?」
幻影狼を見る。
白い毛並み。
半透明の身体。
どこか儚い存在感。
だがその青い瞳には確かな知性が宿っていた。
「そういうことだろうな」
アルベルトが答える。
普通ならあり得ない。
三十年以上生存している魔物など聞いたことがない。
だが研究施設そのものが普通ではない。
今さら幻影狼だけが例外とも思えなかった。
その時。
幻影狼が静かに立ち上がる。
そして墓標群の奥へ歩き始めた。
「まだ案内があるみたいですね」
リリスが言う。
探索隊も後に続く。
墓標地帯を抜けると景色が変わった。
そこには巨大な建造物が存在していた。
研究棟。
そんな言葉がぴったりだった。
石と金属で作られた三階建てほどの建物。
第一育成区画の中にこんな施設が残っていたとは誰も思わなかった。
「本当に研究所ですね」
リリスが呆然とする。
アルベルトの目は輝いていた。
完全に研究者の目だった。
「入りましょう」
「止めても無駄ですね」
「無駄だな」
アダプトロードまで頷く。
最近は諦めが早かった。
研究棟の扉は閉じられていた。
だが幻影狼が前に出る。
青い光が扉へ流れ込む。
すると。
重い音を立てて扉が開いた。
長い年月閉ざされていたはずなのに、内部は驚くほど綺麗だった。
埃も少ない。
机も残っている。
本棚もある。
そして。
大量の資料。
「うわ……」
リリスが思わず声を漏らした。
本当に研究所だった。
配合理論。
育成理論。
進化研究。
環境適応実験。
様々な資料が並んでいる。
アルベルトは片っ端から確認を始めた。
その様子を見てリリスはため息を吐く。
「帰らなくなりそうですね」
「帰らないかもしれない」
「やめてください」
即答だった。
その時。
一冊の資料が目に入る。
表紙にはこう書かれていた。
『育成理論第三段階』
アルベルトは開く。
数ページ読んだだけで驚いた。
「なるほど」
「何かありましたか?」
「進化だ」
リリスが近付く。
資料にはこう書かれていた。
『配合は素材』
『育成は土台』
『進化は結果』
『多くの配合士は順序を間違える』
沈黙。
確かにその通りだった。
普通の配合士は強い魔物を作ろうとする。
だが研究者は違った。
まず育てる。
環境を整える。
その先に進化がある。
そう考えていた。
「面白いですね」
リリスも頷く。
忘れられた洞窟の成長方針と近い。
いや。
アルベルトが無意識に辿っていた道そのものだった。
その時だった。
「ぷに!」
元気な声が響く。
全員が振り向く。
嫌な予感しかしない。
案の定だった。
ぷにが棚に登っていた。
しかもかなり高い場所だ。
「降りてください!」
「ぷに!」
聞いていない。
ぷにはさらに奥へ進む。
そして。
何かを発見した。
小さな箱だった。
宝箱に見える。
夜宝守の目が輝く。
「グル!」
駄目な組み合わせだった。
宝探し好き二匹が揃っている。
数秒後。
箱が開いた。
何も起きない。
リリスが少し安心した。
しかし。
次の瞬間。
部屋全体が光った。
「え?」
全員が固まる。
壁の魔法陣が起動する。
床にも光が走る。
研究棟そのものが反応していた。
通知が現れる。
⸻
研究施設認証
第二段階解放
⸻
育成データベース解放
⸻
特殊進化記録閲覧可能
⸻
沈黙。
誰も喋らない。
リリスがゆっくりぷにを見る。
ぷにも見返す。
「ぷに?」
何も分かっていない。
夜宝守も得意げだった。
どうやらまた何かを解放してしまったらしい。
「本当に凄いですね」
リリスが呟く。
「幸運だな」
アルベルトが言う。
今さら否定する者はいなかった。
そして。
解放されたデータベースの中で、一つの記録が目に入る。
アルベルトの表情が変わった。
真剣になる。
「どうしました?」
リリスが聞く。
アルベルトは画面を指差した。
そこにはこう表示されていた。
⸻
特別研究記録
零番計画
閲覧可能
⸻
幻影狼が静かにこちらを見ていた。
まるで。
ついにその時が来たと言うように。
三十年前の研究者。
研究個体零番。
後継者認証。
忘れられた洞窟最大の謎へ繋がる記録が、ついに開かれようとしていた。




