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姫と執事

「…ミササギ、じゃ、ないわよね…?」


氷風のダンジョンでウィンドル様は言った。ゴヴァがどこかに行ってしまった後だったと思う。


周りの状況把握よりも、ウィンドルがミササギの見分けができることにハイヤーは気を取られていた。


以前まではこの程度で嫉妬心を覚えることはなかったが、離れているほど余裕のなくなる性らしい。


努めて、冷静に返答できたと思う。


「僕がミササギ以外に見えるの?」


「私には…貴方がハイヤーに見えるの」


前言撤回。俺は幸せ者だ。


「確かに見た目はミササギだわ。きっちりお金を取るところもね。でもね、貴方の所作は…ハイヤーとそっくりなの。…違っていたら…」


ミササギはハイヤーに2つの想定を伝えた。

ひとつめは勇者一行と同行し、魔王城でミササギが死んだ場合のセーフティとなること。

ふたつめはパーティから離れ、ハジマリ王国のハイヤーを完全に死んだことにすること。


ミササギの計画では、“呪い無効の王冠”により、ウィンドルは魔王にならない。

しかし、感情的な面でゴヴァと和解できなかった場合、もしくはウィンドルがハイヤーと再会し、激しく動揺した場合は強引にも離れた方がいいと言っていた。


ハイヤーもこの意見には同意している。

到底ゴヴァを許せはしない。後者の方にしようと思っていた。


が、


「違いません」

「え…」

「違いませんよ。自分はハイヤーです。姫様、貴女の執事です」


ハイヤーがウィンドルの珍しく弱気な言動に、屈しないはずがない。

マジックアイテムで偽装していた姿を解いて、ハイヤーは言った。


「…ハイ、ヤー」

「はい」


ウィンドルは信じられないような顔でハイヤーを見た後に、己が刺したはずの腹を触った。傷がないと分かったのか、驚きのままに目を広げてゆっくりと顔を手で覆った。


「…また、ウィンドル様と共に旅に出たいのです」

「……」


ウィンドルは押し黙ったままだ。


それに見かねたのか、それともダンジョンの限界に気付いたのか、破壊された壁から覗くユラディカは前に出た。

もちろんゴヴァもその後ろにいる。


「ハイヤー!お前、生きてたのか!?」

「…積もる話はまた後で、出ましょ」


ユラディカは手に持っていた王冠をウィンドルの頭に乗っけた。


「あげる。戦利品よ」


ユラディカの渡したソレは、どう見たってあの猫の持っていた“呪い無効の王冠”。

ミササギはユラディカに売る、と言っていたので予定通りに話し合いが進んだのだろう。


「ほら、ぼーっとしてないで、早く動きなさい」


ハイヤーの知るユラディカは、ゴヴァだけを守り、ウィンドルの生死を気にしない魔女だ。本人もそう言った。

ハイヤーのいなかった短い期間で変わったのか、ミササギが説得したのか———それとも初めからそう思っていたのか。なんにせよ、魔王化に反対していると取っていいだろう。


「ハイヤーおまっ…」


ユラディカと目が合った。彼女は驚きもせずそのまま目を逸らす。ミササギから話を聞いた可能性が高い。


「お前マジで…?」


まあ、ウィンドル様に危害を加える意思を見せたことがある以上、自分が対応を変えるつもりはない。


「なんで…?」


ゴヴァうるせぇ。


ユラディカに急かされてウィンドルは歩き出した。今だに信じられないような目でハイヤーを見ているゴヴァもだ。


ダンジョンの壁はさらにひび割れて、もうすぐ崩れることを知らせていた。


ここからさらに北を行けば魔王のお膝元である暗黒渓谷。その先には魔王城がある。このパーティであれば、1週間ほどで魔王城に着くことができるだろう。四天王がすでに倒されているので、これといった脅威もない。


(懸念点はウィンドル様が魔王にならないと分かった時のゴヴァのみ。ユラディカと後で認識の擦り合わせを行う必要がありそうだ)


その内容如何により、排除する必要が出てくる。


そんなことを考えていると、ウィンドルに袖を引っ張られた。久しぶりの仕草で一瞬思考が止まる。


「ねぇ、ハイヤー」


ウィンドルは袖を引っ張りながら、すでに遠くにいるユラディカとゴヴァの方へ歩き出した。

といってもかなりの大股のため、ハイヤーは少しバランスを崩してよろめいた。


「どうしましたか」

「貴方を疑ってしまってごめんなさい。貴方の良き主人でいられなくてごめんなさい」


ウィンドルは歩く。その表情は分からない。少なくとも、悲しんでいるわけではない。怒ってもいない。もちろん、喜んでも。


「…恨んでいません。全ては自分の失態です。それに、自分の主人はウィンドル様ただ1人ですよ」


自分の姫が何を考えているのか分からない。以前の反省を生かし、ハイヤーは正直に思っていることを答えることにした。


「私のこと好き?」


今度はハイヤーが驚いた。


「……それは……いえ、はい。そうです」


その意図も意味も聞きたかったが、平然と歩を進めるウィンドル様に口を挟むつもりはない。恐らく、何か重要なことを言おうとしているのだろう。それも自分にとって悪いやつを。


この状況でネガティブなことしか思い浮かばない。だから冷や汗しか出てこない。


「そうよね。だから貴方を殺した私を許すんだものね」

「許すもなにも、貴女は悪くない」

「人殺しが悪くないわけない」


(ウィンドル様の精神は、完全に勇者の剣から離れたみたいだ)


それにホッとしつつも、次に続く言葉が怖かった。唾を飲んで外に出ることしか思い浮かばなかった。


「私、貴方といると良くないと思うの。互いに良くないわ」


目の前には雪原の白さが広がり、凍てつくような風がさらにハイヤーを冷やした。


「だからハイヤー、今日この時をもって、貴方を解雇———」


氷風のダンジョンの外に出た。

ウィンドルは袖を離した。

ユラディカとゴヴァはその先で待っている。


———この言葉だけは遮らなければいけない。


「待って!!…ください」


柄にもなく前のめりになって吹雪の中、ぼこぼことした剣ダコだらけの手を掴んだ。

「…他にもたくさんいるわ。貴方が仕えるべき貴人が」

「いいえ!いません!」


ウィンドルはハイヤーの手を容易く引き離し、雪原の中に投げ飛ばした。彼女にはこれぐらい造作もない。


「っ!」

「…ほら私、こういう人だもの。ユラディカ!ハイヤーを移動させて」

「はあ!?一体どこによ!それになんで!別に誤解がなくなったんだからいーじゃない!」

「良くない」


ウィンドルは近くまで走ってきた怒るユラディカを睨み、目の前まで寄って小声で言った。

当然、背中を痛め、雪の中で踠くハイヤーに聞こえるはずもない。


「…彼はハジマリ王国の王族に代々仕える執事なの。彼の名誉は一族の名誉。魔王に仕えていたとか冗談にもならないわ!一族が責任負わされて、路頭に迷ったらどうするの」


早く移動させてもらえるように、必死に訴えた。


何せ、ウィンドルの執事だ。彼の将来の保証ぐらいはしてあげたい。今まで仕えてくれた恩を仇で返すとかあり得ない。


「あら、そんなこと考えてたの?じゃあ私は?」

「貴方は嫌だったらゴヴァを連れて勝手にどこかへ行くでしょう。これといった立場もないしね」

「あるわよ。天才魔法使い、孤児院のお姉ちゃん」


ユラディカは微笑む。


「そういうのじゃないわ。社会的立場!…とっても重い居場所なの。でも世界で一番重要よ。彼はまだ若いもの。それを失うわけにはいかない…国に背くのは私だけでいいわ」

「…バカね、貴方も若いでしょう」


打って変わってため息をついて、呆れたように杖を振った。


「どこでもいいのよね?」


杖の先からはキラキラとした光が溢れる。

やっと雪から這い上がれたハイヤーは、その光が広がるところを見た。


◾️


眩しくて、つい目を閉じて、開いた時には最初の森の中にいた。


近くにあるのは雪ではなく、若々しい草花。

近くにいるのはウィンドル様ではなく———


〈ヴォウ!〉


複数のウルフを従えた、一際大きく凛々しいウルフが周囲を制し、雪のついたハイヤーに向かって吠えた。


「ヴァライ……?」

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