タカラ・ミササギ
ミササギが取り出した針をまじまじと見て、イジーは笑う。
〈アタシ一目で分かったね!そいつぁ”前の“勇者の剣のカケラだ。もう持ち主を魔王にすることはできないし、魔王を倒せるわけでもないけどなぁ〉
それからミササギの肩に乗っかった。
イジーはダンジョンにいた時よりも、一回り小さくなっている。それに軽い。兄弟であるゴヴァは人型なので、ある程度姿の自由が効くようだった。
〈まァ、オメーにそこら辺の道理、ドウリの理解は求めてないの。結局、それ持ってらー勇者ウィンドルの場所に行くってねぇ〉
「助かるよ。…とりあえず、身辺処理は済ませた。確認だけど、魔王になってもこの姿は変わらないんだよね?」
〈変わんないよぉ、魔王様でも今の立場で商人できる。仕組みが便利で良かったねぇ〉
ハイヤーからの対価であるダンジョンの構築も確認できた。財産の整理も終わった。
(…あと気をつけるべきことは)
見慣れない、高い天井を見つめた。
ミササギが魔王になるためには当然、勇者ウィンドルに殺される、というリスクも背負っている。ハイヤーには勇者ウィンドルに合流した場合、ミササギが魔王城で殺されたら、万能薬をかけるように言ってある。
これで、万が一の保険も大丈夫だ。
「ああそうだ。僕が魔王になった時の儲け方は?」
これはイジーとの契約のひとつ。どこから手に入れたか分からない契約金は、すでに支払われている。あとはこれさえクリアできればイジーはミササギを魔王にするだけでいい。
契約の完全履行も夢じゃない。
〈魔王になって、勇者を狩る。以上、以下!〉
「…人殺しで金は稼げないでしょ。誰もが勇者ウィンドルみたく国の要人ってわけでもないんだから」
〈ちげーよアホゥ〉
イジーはその場でジャンプした。
ミササギの方の上でジャンプした。
常に湿布の貼ってある、肩凝りの酷い肩の上で———
「痛ったぁ!!」
激痛に耐えかねて、ミササギはうずくまる。
イジーはそれを気に留めもしない。結局は、互いのための契約だ。仲がいいわけじゃない。
〈早く、はやく。行こうぜぇ、魔王城。何回かは運試し、する必要があるけどねぇ〉
「…はいはい」
ミササギはこういう分かりやすい関係は嫌いじゃない。嫌いじゃないが、好きではない。
勇者ウィンドル一行への嫉妬があった。大陸商会の同業者は常に羨ましい。彼らには彼らの信念があり、才能がある。そして人間味溢れる優しさも。
何より信用のおける者がいるのだ。
ウィンドルにはハイヤーが、ゴヴァにはユラディカが。レディ・ブーケは世界中に友人がいて、ミスター・ボックスとマダム・キッズは付き合っていたそうじゃないか。
ミササギに入り込める余地はない。
肩を押さえて立ち上がった。いつものリュックを背負い、比較的新しい靴を履く。
それでも、ちゃんと靴の裏がベリベリになってないかだけは確認した。
いいところでまたバカにされては敵わない。
「…イジー、お前の言ったことは正しいよ。僕は怖い。この世界に本当の居場所がないことが。…僕が金を稼ぐのも、居場所を取り戻すためだ」
ぎゅっと靴紐を結んだ。
イジーに仲間のような信頼の押し売りをしようと決意した。
「僕の最初の商談は、この世界の神とだった」
商談と言うには少し必死で、惨めだったが。
ミササギは死んだ直後のことを思い出す。イジーはすでに知っているようだが、ミササギの口から話すことに意味があるように感じた。
小うるさいイジーが黙っていることをいいことに、ミササギはつらつらと話しだす。
「転生した時、最初に見た景色はオワリノ帝国の部屋。でも死んだ時は違う。お前は知らないでしょ、天国って本当にあるんだよ」
そこはとても清潔感のある場所だった。
幾何学模様と不思議な発光体が共存する、何もない真っ白な場所だった。
そこに、転生を管理するという神は居た。
「…そいつは僕に言ったんだ。『一定の額で転生前の人生を売りましょう』って」
〈いくらだったのぉ?〉
どうやら細かいところまでは知らないらしい。
「口にしたら寒気のする金額さ」
〈オメーの売り上げの何倍だぁ?〉
「100倍以上。ゼロが多くて考えるのも面倒だ」
〈一生かかっても無理むりそうだーね〉
「だから一生賭けてるんだよ」
イジーはミササギの足を踏んだ。その上から、ミササギはイジーの前足を人差し指で押さえつけた。
〈アタシに賭けたの?可笑しいひと。その信頼は受け取るよ———タダならね!〉
珍しくイジーの言葉遣いは普通だった。
「言っといてあれだけど、タダより高いものないんだよ?」
〈魔王になってくれれば、問題ないよ。そうして世界を面白おかしく牛耳ってね〉
イジーは自分の趣味を一貫していた。イジーが大切にしているものは利益。それも、自分が笑えることが最大の利益なのだそう。
2人は笑った。
「…行こうか、魔王に成りに」




