北上と南下
「……クソでもなんでもない。少し考えれば分かるじゃないか!ウィンドル様が理由なくこんなことはしない。全部、俺の家のことを考えた結果だ!」
巨大な木のウロの中で向かい合うのは馴染みのあるウルフ。すでに彼は喋れないようだが、ハイヤーのことを理解しているようだ。時々宥めながらも話を聞いてくれている。
「あ〜!」
これもあの天才の手腕か。
「はぁ。……ありがとうございます、ヴァライ。もう関係のない身だというのに頼ってしまってすみません」
頭を下げて謝るハイヤーに、ヴァライは前足で突いた。謝るな、ということだろう。
ヴァライが話を聞いてくれたおかげで、少し気持ちが落ち着いた。
「もう行きます。心からの感謝を」
〈ウー〉
「…王国には戻りませんよ。今からでもウィンドル様の元へ行きます」
〈ヴウ!〉
「…近くまで送って行ってくれるんですか?」
ハイヤーは久しぶりにふわふわとした毛並みに触った。撫ですぎたのか、ヴァライは体を震わせて拒否した。
この背中に乗るのも久しぶりだ。
◾️
「おいおいおいおいおい!!薄情じゃないか!?魔法使いにゴヴァくん!」
ゴヴァはただ、行く末を見守ることしかできなかったが、都合の良い行末となった。ハイヤーがいるといつ後ろを刺されるか分からない。
少ししんみりとした空気だったが、先ほどの男の声でそんな空気は吹っ飛んだ。焦げ臭い匂いが漂っているからだろうか。
間違いなく問題は、彼———ミスター・ボックスの持っている、壊れかけのスーツケースだと思うが。
「あら、もうとっくに外に出てるのかと」
「オレの目の前を素通りしておいてそりゃないぜ」
ユラディカとゴヴァには、愛車の見るも無惨な姿に嘆く彼を素通りした記憶が確かにあるだけに、少々申し訳ない。
だから話を逸らす。
「…俺らはこれから北上して魔王城に向かうんだが、お前は?商会にでも戻るのか」
「いんや、オレの愛車が壊れちまってね。修理場が南にあるから南下する。アンタたちとはここでお別れさ。悲しいなぁ!」
「貴方の愛車は特殊みたいだけど、直せる場所があるのね」
「聞いたことはないかい?その名も、『ボックス=ビックス商店』!」
ミスター・ボックスは自慢げに言うが、3人全員存じ上げない。
名前からして彼の運営する商店なのだろう。これ以上の説明は要らないが、説明してきた。
「オレが代表の『ボックス=ビックス商店』はマジックアイテムの販売はもちろん、修理も行っているのさ!絶賛全国展開を目論んでいる最中だから、聞いたことがないというのも無理ないがね」
少なくともハジマリ王国にはないので、大国を中心に展開しているのだろう。言っちゃなんだが、ハジマリ王国は田舎だ。それに、少し北に行けば大国があるためそっちに色々流れてしまう。
「そのうち、ハジマリ王国にも来てほしいわね」
「ええ、是非に。それはそうと、ダンジョンでの非礼を詫びさせてください。あの時はテンションが上がっていたもので」
当然のようにミスター・ボックスもウィンドルの立場を理解していた。大仰な動きは鳴り潜めて、紳士的に礼をする。理由が適当すぎるが。
ゴヴァはふと思った。
(そういや、ミササギがウィンドルに敬語使ってんの見たことないな。…姫ってこと把握はしてるんだろうけど)
少し上の空で、意識を取り戻せば、眼前にはミスター・ボックスがいた。わざわざ体を曲げて視線を合わせているのでギョッとした。
「な、なんだよ…」
「いや、ゴヴァくんが何を考えているのか気になってね」
そう言ってニコっと笑った。
いかにも軽薄そうで、バカみたいな行動しかしないが、口止めもしていないのにゴヴァが魔族だという件に関して一切触れないあたり、プロフェッショナルを感じる。
言わなくても良かったし、できれば言いたくなかったが、追及がめんどくさそうなのでゴヴァは渋々ながらも口を開いた。
「…別に、ミササギがウィンドルに敬語使ってんの見たことないなって、思っただけだ」
「「そういえばそうね……」」
2人して鈍感。
ユラディカも気付いてなかったのかよ。
「ふむ、ゴヴァくんには観察眼があるようだ。確かにオレもミササギが敬語を使っているのを見たことがない」
「…商人だから、そういうのはキッチリしてんのかと思ったらそうでもないのな」
ゴヴァはそれで流そうとしたが、ミスター・ボックスは流れてくれない。
「いや、彼が特殊なだけだね。初対面にも、どの国の要人にも敬語を使わない。きっとそういう演出なのだろう。彼はミステリアスだからね!そんな人物から買ったものは、なにか特別な感じがするだろう?」
なるほど、だとしたら戦略家だ。そして無礼も厭わないリスクを冒せる人間か。なんで西のダンジョンや氷風のダンジョンにいたのかと思ったが、そういうことができる人間らしい。
「……おっとこれは業務妨害だったかな?」
「平気よ、きっと。面白い話が聞けたわ。ありがとう、ミスター。また会えるといいわね」
ウィンドルは右手を差し出すと、ミスター・ボックスも手を差し出して握手をした。
「ああ、こちらこそ。貴方の治める世を楽しみにしている」
そうしてミスター・ボックスは、煙を出すスーツケースを引っ張りながら、この場を離れていった。
「暗黒渓谷は足元に気を付けてくれよー!」
ところで、彼はゴヴァが魔王を選定する魔族というのを知っていたが、ウィンドルが魔王候補というのは知っていたのだろうか。
「…怖い奴だな」
そうでなきゃ、小国の姫に『貴方の治める世』なんて言葉はかけないだろう。
ゴヴァはウィンドルの顔色を窺った。自発的といえども、ハイヤーと望まない別れをして気落ちしていないかと思った。
「行きましょ!暗黒渓谷!」
ゴヴァはユラディカと顔を見合わせる。
———明らかに顔色が悪い。
(そら、精神負担にならないわけないよな)
ハイヤーがいないことは都合がいいが、ウィンドルの体調不良は都合が大変よろしくない。
そもそも、魔王になる勇者の剣の呪いには、精神干渉も含まれている。全ての魔族を統べる魔王となるために必要な、チープな響きだが“悪意”というものが。
これは剣を作った現魔王の思想だ。
悪意に毒された者が魔王となるように仕向けている。
だが、ゴヴァ含む一族はそれに対抗する策を編み出した。それが推薦状。ウィンドルには魔王になりやすくなるという説明をしたが、そのほかにも精神干渉がされにくくなる効果がある。
(精神が弱いと呪いに侵される速度は増す。病人が呪われた装備を身に付けてるようなもんだ)
このまま精神面から崩れたら魔王になる前に、ウィンドルは悪意に毒され、ゴヴァの目指す平和から遠のく。
(……俺は、ハイヤーを取れるか?)




