第214話 統括側の変化
天界は、相変わらず忙しかった。
星の安定計算。
魔力循環の調整。
時間軸のズレの微修正。
仕事の量は減っていない。
むしろ、増えている。
それなのに――
統括は、ふと気づいた。
「……あれ?」
円卓の前で、書類をめくる手が止まる。
「最近、俺……」
言葉を探して、首をひねる。
「……下界に口出してないな」
自覚した瞬間、少し驚いた。
昔は違った。
国が揉めれば見ていた。
戦争が起これば胃が痛くなった。
誰かが泣けば、「もう!」と立ち上がりかけた。
実際、何度も立ち上がっていた。
「神だし」
「俺がやった方が早いし」
「デコピン三発で終わるし」
――そんな理由で。
だが今は。
下界が騒がしくなっても、
統括は円卓の前に座ったままだ。
「……動いてるな」
「……失敗してるな」
「……でも、立て直してるな」
それを見て、
立ち上がらない。
「変わりましたね」
不意に、ウェスタが言った。
統括は顔を上げる。
「そうか?」
「ええ。かなり」
ウェスタは、柔らかく微笑む。
「昔は、もっと落ち着きがなかった」
「失礼だな」
「事実です」
即答だった。
統括は苦笑する。
「だってさ」
少し照れたように言う。
「見てるだけって、意外とキツいんだぞ」
「信じるのと、任せるのは違う」
ウェスタは頷いた。
「でも、今は任せています」
「……任せてるな」
自分で言って、少し驚く。
雷の流れが、天界の端で静かに脈打つ。
そこに、新しい神がいる。
騒がない。
前に出ない。
祈りも受けない。
ただ、
必要な分だけ、世界に力を流している。
統括は、そちらを見た。
「俺さ」
ぽつりと言う。
「“神がいない世界”を作りたいわけじゃないんだ」
ウェスタは何も言わず、聞いている。
「でも」
統括は続ける。
「“神がいなくても回る世界”は、見てみたかった」
円卓に肘をつく。
「で、実際見てみたら」
「……思ったより、ちゃんとしてた」
少し、誇らしげだった。
「神の仕事って、何だと思います?」
ウェスタが、静かに問いかける。
統括は即答しなかった。
しばらく考えてから、答える。
「全部やることじゃない」
「全部決めることでもない」
「全部守ることでもない」
指を一本立てる。
「壊れすぎないようにすること」
もう一本。
「戻れなくならないようにすること」
そして、最後に。
「それ以外は――」
「人に任せることだ」
言い切った。
統括は、背もたれに体を預ける。
「正直さ」
「昔の俺なら、今の世界見たら絶対口出してた」
ウェスタが微笑む。
「でも今は?」
「……今は」
少し考えて、肩をすくめた。
「まあ、失敗も含めて人類だろ、って思える」
雷は今日も使われる。
神を知らずに。
神を頼らずに。
それを見て、
統括は何もしない。
――それが、今の彼の仕事だった。
「変わったな、俺も」
誰に言うでもなく、呟く。
ウェスタは、穏やかに答えた。
「ええ。でも」
「悪い変化ではありません」
統括は、少し照れたように笑った。
天界は今日も忙しい。
だがその中心で、
一人の神は、以前よりずっと静かだった。
そしてそれが、
この星にとって、いちばんいい距離だった。




