海賊の願い
「大陸歴653年。当時はまだ存在していた大陸南部の寒村に一人の男児が産まれたんだってー」
いつの間にそこにいたのか。
バルバロが勢いよく後ろに振り返ると、そこには大きな三角帽子を被った女性──エレノアがいた。
「その子の一家は皆から嫌われていてー、男の子も物心が付いてからはずっと村人たちを困らせていたらしいよー?
でも皆逆らえなかった。なぜならその家は村の警備を担う大事な家でー、『吹雪の海』が近いその村には不可欠な家だったからねー」
バルバロが数発、氷の矢を撃ち出す。しかしそれはエレノアに届く寸前に、どこかへ吸い込まれるように消えていく。
「悪事の味を覚えてー、傲慢な性格に育った男の子はー、ある日運命の出会いを果たしましたー。
近くの農村からやって来た女性にボコボコにされたんだってー」
「ペチャクチャ喋ってんじゃねえぞ女ァ!」
エレノアを取り囲むように氷の柱が伸び、周囲の空間丸ごと凍結させる。
それは、最近魔法の腕を上げているフィエットが見ても息を呑む程に洗練されていた。
しかしエレノアの語り口は止まらなかった。
「当時のブルー辺境伯にはやる気がなかったんだよねー? だから辺境伯の義務である迷宮の間引きをサボっててー、そのせいで近隣の村には被害が出てた。
その女性はそんな状況を変えるために立ち上がったんだよねー?」
「気味が悪いんだよ黙れっつってんだろ!」
エレノアの頭上に巨大な氷塊が出現する。それが勢いよく落とされ、凍りついた空間諸共押し潰す。叩かれた水面が大きく波打ち、飛沫を撒き散らす。
しかし、刹那の後にそれらはまた、吸い込まれるように消失した。
「その女性にはカリスマがあった。南部のほとんどの人の心を掴んでー、『吹雪の海』に対抗するための組織を作り上げたんだよねー。
そんな組織のナンバーツーになった男の子はー、最初は屈辱と怒りでー、次第に興味と尊敬に変わってー、最期の時には恋してたんだよねー?」
バルバロは大技を放とうと、膨大な魔力を集める。それは賢者には届かずとも一流の魔法使いと言って差し支えなく、その圧にフィエットは顔を青くする。
「そうでしょー? 『ドーレ村のジル君』?」
「が、あぁぁぁァァァ!?」
しかしそれは、エレノアに名前を呼ばれた──否、『名付』をされただけで、バルバロの苦悶の声と共に霧散し崩れ落ちる。
膝を付くバルバロ。荒く息をしながらエレノアを睨みつける。
「……そうか。テメエ、魔女だな?」
「そうだよー。教会が独断で認定する偽物じゃなくてー、本物の、ね」
「想像以上の悪辣さだ。人の過去をペラペラと吹聴するとは恐れ入るぜ」
「何も知らない当事者がいるからさー。サービスだよサービス、分かるかなー?」
そう言って、エレノアはチラリとフィエットを見やる。一瞬だけ視線がぶつかった。
「折角だからもうちょっと喋っちゃおうかなー? その女性のカリスマに危機感を抱いたブルー辺境伯家が女性を魔女として処刑した話とかー?
あるいはそれにブチ切れた少年が貴族一家を殺し尽くして位を簒奪した話とかー?
それとも初恋拗らせて貴族の義務の結婚を書類で誤魔化してる話とかー?」
「本当に、性格が悪いなぁおい! 俺の錬金術が禁忌ってんなら、さっさと殺せばいいじゃねえか!?」
「ん? 別にそれは禁忌じゃないよー?」
「はぁ?」
当てが外れたバルバロが茶化すなと言わんばかりに睨みつけるか、エレノアは肩を竦めて答えない。
「たかだか生命の錬成程度で私たちが出張るわけないじゃーん。そんなのは教会なり帝国なりが出張ってどうこうするでしょー? まー何十年と放置されてる以上それも期待薄だけどねー」
そうしてエレノアはニヤリと笑う。
それにショックを受けたのは、バルバロではなくフィエットだった。
「生命の、錬成……?」
フィエットは不幸にも愚かではない。何故自分そっくりの死体があちこちに転がっていて、自分に似た女性が居るのか。
「私は……『偽生命錬成体』、なんですの……?」
「フィエット……」
「リフィさんは、知っていたんですの? 私が、に、人間じゃない、なんて──」
リフィは答えない。しかしその沈黙こそが雄弁に語っていた。
ふっと、フィエットは事実に耐えきれずに気を失う。リフィが慌てて姿勢を支えた。
「それでトルテは解析終わったー?」
「!?」
フィエットの発狂など歯牙にもかけないエレノアの軽い口調。
無理矢理に首を動かし、錆びた歯車のようにバルバロはエレノアの視線の先──女性を囲む檻の上を見る。
新たに一人、魔女がそこにいた。
「エレノア! 時間稼ぎありがとう! 大体のことは分かったよ! やっぱり最初の想定通りで良さそう!」
「魔女が、二人だと!?」
そもそも民衆には、あるいは一部の権力者にとっても都市伝説のような扱いがされている魔女。権力者でも目撃したことがあるのは極少数。
バルバロとて、魔女を見たのはこれが初めてだ。
そんな存在が二人。
たった一人にさえ手も足も出なかったバルバロは絶望する。
「……何故だ。何であいつだけこんな目に遭わなきゃなんねえんだ!? おかしいだろ!? あいつは何もしてねえ! 何で俺じゃなくてあいつが!?」
「うるさいなー。素材の目利きも危機感も甘かった自分を恨みなよー。それじゃーやっちゃってートルテ」
「止めろ! 止めてくれ! 何をする気だ!? そいつは! 俺の──」
水面から必死に顔を出し懇願するバルバロの叫びは、しかし魔女には聞き届けられない。
檻の上のトルテは足をブラブラとさせながら、元気よく告げた。
「みーんなお菓子になーれ!」
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