モブ
屋敷から大通りを通って港の方へ。
ペーラ・ウルト大陸の最西端の海岸に辿り着いたら、そこから北へ。
ティフォージュ地底湖へ続く『青の洞窟』、その入口は岸壁にあった。
「濡れるのも嫌だし、小舟を借りて行こうね」
マノンとユリが漕ぐボートに揺られること数分。
洞窟の入り口に入ると、そこは微かな陽光を水面が反射し、天井まで青く光る幻想的な空間だった。
「へぇ……綺麗だね」
「でしょ? 何度来ても飽きないよ、こんな景色」
「インヴァネス様。もうすぐで岸ですのでご注意ください」
設置された桟橋に舟を止め、一行は洞窟内に上陸する。
洞窟の中、岸の近くは明るくとも、その奥はぼんやりとしている。ザァという川が段差を流れる音が聞こえる。
「目的の地底湖はこの奥だね。ここ、洞窟と言っても所々に湿光石の鉱脈があるから、松明なしでも歩けるんだよ」
「湿光石……ああ、濡らすと光る石か。実物を見るのは初めてだなぁ」
薄暗い洞窟をぼんやりと照らすラインを見て、マエリスは呟く。
「そうだ、マノン。明るさは大丈夫?」
「うん、平気だよ。むしろ外よりもよく見えるかな」
昨日に引き続き変装のために目隠しをしていないマノンは、姉の心配に対して問題ないと返す。
「この川に沿って行けば迷わないよ」
そう言って、マノン達は歩き始めた。
道中もユリとマノンとマエリスの三人で喋りながら進んでいると、棚田のように湖が段々になっている場所に到着した。
「ここがティフォージュ地底湖だよ。これ人の手が入ってないんだって。すごいよね」
「……ああうん、そうだね」
(何も、ない?)
到着してすぐに周囲を見渡したマエリスだったが、そこに何か人工的な異物は見当たらない。
「……マノン、湖の中に何かないかな?」
「え? 中?」
「うん。何か妙な道具とか機械が沈んでて、それが悪さをしてる可能性とかないかな」
「うーん……まあ、これぐらいの広さと深さならそんなに時間はかからないかな。ちょっと待っててね、お姉ちゃん」
「インヴァネス様。それならば私も手伝います」
マエリスに頼まれ、マノンは抱えていた姉をその場に置いてユリと捜索を始める。
残されたマエリスは、同じく残されたシルフを──否、アケボシを見て話題を一つ思いついた。
「……ねえ、アケボシ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「は? 何普通に話しかけてきてんのよ」
近くにマノン達がいないせいか、ぶっきらぼうに返事をするアケボシ。
「ボクから聞いておいてなんだけど、まだシルフには戻ってないの?」
「うっさいわね、あんたには関係ないでしょ。ったく、私はマノン様と一緒にいるよりもあんたと同じ空気を吸いたくないってのに」
「君がボクを嫌いなのは分かってるから、ボクもあまり話しかけないようにしてるんだけどね。それを押して聞きたいことがあるんだ」
嫌われていることは重々承知で、マエリスはアケボシに頼む。
「……何よ」
「『巡礼の騎士』って作品で、魔女って出てくる? どういう存在なの?」
「はぁ? 何でそんなこと訊くのよ」
質問の意図が分からなかったのか、アケボシが不愉快そうにマエリスを睨む。
「最近ノア──えっと、『名付の魔女』とか『菓子の魔女』とかと出会ってさ。今回にがっつり関わってそうだから聞いておきたくて」
「いつどこで魔女と遭遇する機会があったってのよ。好奇心で出鱈目言ってんじゃないでしょうね?」
「昨晩寝てる時にだよ。ちょっと説明が難しいんだけど……ほら、昨日お菓子持ってきてくれたパン屋の店員がトルテ──『菓子の魔女』だったらしくてさ」
「あれが? ゲームと見た目が全然違ったけど……ああでも、あの喋り方とテンションは確かに同じね。マジか、あれが……」
その言葉にある程度の妥当性を感じたのか、渋々とアケボシは己の知識を述べ始めた。
「ゲームで魔女は倒す必要のない敵、超高難易度の隠しボスとして設定されてたわ。そして倒しても専用の称号と名声が手に入るだけ。完全に暇を持て余したトッププレイヤーの玩具だったわね」
「玩具……それなら、意外と倒し方は決まってる感じ?」
「ギミック戦なのよね。持ち物検査というか、対策装備があるなら勝てて、ないなら運と腕の両方を兼ね備えてないと負ける感じ。私も対策装備なし縛りでやったことあるけど、二度としないって心に決めたわ」
「お、おう……」
ハイライトの消えた瞳。根深いトラウマを感じたマエリスは話をやや脱線させる。
「アケボシ、普通にこうして喋れるんだからずっと黙ってなくていいんじゃない? 正直無言だと意思疎通が難しいじゃん」
「は? うっさいわね!? あんたみたいな陽キャと一緒にすんじゃないわよ!」
「いや、ボクも別に陽の者ってわけじゃないんだけど……」
「私から見れば誰彼とも関係なく喋れるのは私の敵よ!」
「んな理不尽な……」
嫌われているのはこの容姿だけではないのかと、マエリスは苦笑する。
その態度が癪に障ったのか、アケボシは更に早口にまくしたてた。
「仕方ないじゃない! ゲームに出てくるキャラならある程度性格とか会話の選択肢の正解とか知ってるからまだ何とか会話できるけど、全く知らないモブとは無理なのよ! ユリとかフィエットとか、付き合いは長いけどまだ上手く話せないのよ悪い!?」
「うん、ごめん、ボクが悪かったから。そんな逆ギレしなくても──」
(──待って、今、何て言った?)
「……フィエットが、モブ? どういうこと?」
「あん!? ──多分、ジニールートで存在だけが仄めかされてた『幼馴染』の正体だと思うけど。マノン様に紹介されるまであんなキャラ知らなかったわよ」
「それは、続編でも?」
「知らないって言ってるでしょ」
「え、リケは?」
「リケは攻略対象よ。王道の眼鏡キャラって感じだから、私も話しやすいんだけど」
フィエットがモブ。それは本来、原作では登場していないという意味であり──
原作開始時点ではもう生きていない可能性が高いという意味でもある。
(マギカ領だって、本当は滅んでるはずなんだ。それをボクが捻じ曲げて存続させてる。まさか、フィエットが……?)
「何よ、質問するだけして急に黙って。気味悪いわね」
(フィエットが死ぬとしたらいつだ? もうフラグは折られてる? いや、楽観視は危険だ。考えられるのは──)
「お姉ちゃん。ざっと見て回ったけど、やっぱり何もなさそうだよ」
加速する思考の中で、マノンの声が耳朶を打つ。
「水が透明で綺麗だから、潜らないで上から確認しただけだけど……潜った方がいいなら先にお昼にしない?」
(お昼……食事……飲用水……そうだ──)
「マノン。ティフォージュ地底湖は飲水にも使われるって言ったよね?」
「え? う、うん、フィエットがそう言ってたね」
「じゃあさ、ボクらが辿ってきた海に繋がってる川とは別に、もう一つ飲水用のラインがあるはずだよね。それは見た?」
「え……見てないけど……ユリは?」
マノンがユリに視線を向けるが、ユリも首を横に振った。
「お姉ちゃん、何か分かったの?」
「……可能性の話だけど、かなり状況が悪いかも」
困惑と不安、そして何故か期待を孕んだ視線で己を見詰める妹を、マエリスは正面から向き合った。
「ティフォージュ地底湖が、もう一つあるかもしれない」
「え? それは、どういう──っ!?」
マノンの質問が終わる前に。
突然、壁の向こうから魔力の奔流が吹き荒れた。
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