魔女の夜会
「改めて自己紹介しよっか。私はエレノア・フェリーク──フェアリーゴッドマザーにして『名付の魔女』。よろしくね、リスちゃん」
「私はトルテ・ゲベッククーヘン! 『菓子の魔女』だよ! よろしく!」
「それであっちがハンデル・ハブハウフル先輩。『等価の魔女』だよー」
ひとまず残り二人の名前が判明したが、マエリスの混乱は続いていた。
「えっと、とりあえずその、なんか格好よく言ってたけど結局『魔女』って何なの? 世界を守るなら、マノンとは敵対しないんじゃ?」
「聖騎士聖女による守護の歪さはリスちゃんも知ってるでしょー? あれらは世界存続を最優先にしてるからね、だから魔王を庇うことだってあるし」
それはマエリスも知っている。『魔の森』で並行世界のマノンが魔王を庇ったこと──その歪さを突いた結果が十年の眠りだったのだから。
「リスちゃんは素質があるから分かりやすく例えようか。マノンちゃん一人の命とペーラ・ウルト大陸の全て、この二つが天秤に掛けられた時、リスちゃんはどっちを助ける? あ、選ばれなかった方は滅びるよー」
「っ」
マノン一人の命と大陸の全てを比べる?
常軌を逸した比較、普通なら迷う余地もない問いだが、マエリスは回答に窮した。
「ここで迷いなくマノンちゃんを選んでいたら、リスちゃんは私たちの仲間入りだったねー」
元より答えを求めていなかったのか、言葉に詰まったマエリスをニヤリと笑ってエレノアは語る。
「世界に『最愛』が含まれているから世界を守ってるだけでー、世界と『最愛』を比べたら、たとえ世界に自分が含まれていても躊躇なく世界を滅ぼす──それが『魔女』だよ」
「だから、狂信者、ね」
「そう。世界の何よりも、自分の命よりも大事なものがある一途な愚者。だから私たちの存在は世界にとっても敵だし、特に教会は目の敵にしてくるねー。今みたいなファッション魔女狩りじゃない、昔のちゃんとした魔女狩りは私たちを排除するための聖戦だもん」
「リフィも、そうなの?」
マエリスがそう尋ねると、エレノアは口を閉ざす。そこには若干の嫌悪感が滲んでいた。
「『十三番』の話題は私たちには半分禁句だよ! 村八分みたいな感じだね!」
「そもそも私は魔女とは認めてないかなー。『最愛』を失ったのにまだ生き恥を晒してるなんて『魔女』じゃないからねー」
「どういう意味?」
「さあ? 私たちも詳しいことは知らないから、機会があれば本人から聞いてみれば?」
(最愛を失った? リフィの最愛って誰? 過去の誰か? ボクが一番大事にされているって感じてたのは思い上がりだったのかな……?)
トルテも言っていたが、リフィについてはあまり話したくないようだ。これ以上尋ねても心証を害するだけなため、マエリスは話題を変える。
「えっと、それでわざわざ正体を明かしてまで、ボクをどうしたいの?」
「ん? 別にどうもしないよ?」
「え?」
「リスちゃんが知りたそうにしてたから教えただけー。今日の夜会はリスちゃんに会いに来ただけだしー」
あっけらかんとしたエレノアの態度に肩透かしを食らうマエリス。
エレノアはクッキーを一枚口にした。
「むしろリスちゃんは他に知りたいことないのー? 答えられるなら何でも答えるよー?」
「それ矛盾してますよエレノア!」
「あ、本当だねー」
ケラケラと笑う魔女たち。その様子は普通の婦女子のお茶会にしか見えなかった。
(……切り替えよう。知りたいことを答えてくれるというなら、ボクが質問攻めすればいいだけだ)
困惑に蓋をして、マエリスは開き直り尋ねた。
「ノアも西部にいるの?」
「いるよー。というかリフィちゃんを呼び出したのが私だよ」
「西部で起きてる異常に関係してる?」
「んー?」
エレノアが指を鳴らし、テーブルにティーセットが出現する。カップを一つ手に取ったエレノアが液面を揺らしながら言う。立ち上る湯気が軌跡を描いた。
「折角のお茶会だからお仕事の話はしたくないんだけどー……まー何でも答えるって言っちゃったからねー」
「仕事?」
「魔女も組織化されてるって意味だよー。ハンデル先輩とかー、さらにその上の魔女には私も基本逆らえないしー」
エレノアが中身を口に含む。
「──それでリスちゃんは西部の何を聞きたいのかなー? どこまで事態を理解してるのかなー?」
「街の人たちが我慢が出来なくなってること、井戸水が関わってそうなこと、マシュクール山脈とティフォージュ地底湖が怪しいかなーってところ。あと騒動にはトルテさんのお菓子も関わってるのかなって疑ってるところ」
「わーお、たった二日でそこまで推測できてるんだー」
エレノアは称賛するが、その声音は本気ではない。むしろ面白くなってきたと目が笑っていた。
「でも全貌としてはまだ半分だねー。リスちゃんはどうすれば事件が解決すると思うかなー?」
「それは、汚染源を特定して、それを除去すればいいんじゃないかな? あとは時間が解決してくれると思うんだけど」
「机上で考えるならそうだねー。除去が間に合いそうにない時は?」
「そりゃ、薬で時間稼ぎとか?」
他には? とエレノアが視線で尋ねてくるが、それ以外にマエリスに思いつくものはない。
マエリスは首を横に振った。
「まー時間も情報も足りない中ではそんなものかなー」
微かに失望の色を滲ませたエレノアは、カップを傾けて中身を飲み干す。
カチャリと、ソーサーの上にカップを乗せる音がする。
「明日の昼前、私たちは問題の完全解決に臨むよ。こっちは今回の発端も経緯も原因も理解してるし、どうにかする目途も経ったからねー」
「そうなんだ。ボクに、というか、マノン達に手伝えることはない?」
「魔女と聖騎士が共闘? ムリムリ、出会った瞬間に殺し合いでしょ。むしろ近づけないでくれると助かるかなー」
(せめて近くで見て介入できればと思ったけど、そうは上手く行かないか……)
魔女が事によっては世界を滅ぼすと言われた以上、知らぬ存ぜぬは嫌だと軌道修正を試みたが、エレノアのそれは言外に戦力外と告げる言葉で。
「遠路遥々ご苦労だけど、明日も観光して帰ればいいんじゃないかなー? さっき出てきたマシュクール山脈とかー、海と街がキレイに見えるからピクニックにはオススメだよー? 賢者クンへのお土産は、もう十分集まったでしょ?」
「それは、そうかもしれないけど……リフィは?」
「無事ならマギカ侯爵家に帰って来るでしょ。多分だけど」
そんな言葉ではマエリスは納得できなかった。それはエレノアも理解しているようで、仕方ないなーと折れる。
「じゃーヒントだけあげるねー」
「エレノア! それはサービスし過ぎだと思う!」
トルテが反対の意を唱えるが、エレノアはそれを無視して情報を羅列した。
「今回の件って、実は悪者は居ないんだよねー。
『吹雪の海』は南にあるのに、その最前線のブルー侯爵領は西にある。それは前線が何度も押し下げられたからで、きっと多大な被害があったんだろうねー。
いつまでも結婚しない侯爵。行方不明になった七人の奥さんって、実はそもそも書類上にしか存在しないって知ってたかなー?
『海賊』侯爵は錬金術で何を研究──アイタァ!?」
突然頭を抱えるエレノア。いつの間にかハンデルが、パイを食べながら反対の指をエレノアに向けていた。
どうやら上からストップがかかったようだ。
「あはは……まー後はリスちゃんが納得できるように辻褄を合わせて報告すればいいんじゃないかなー」
それにマエリスは頷くことしかできない。ハンデルが、次はお前を殺すとマエリスに指を向けているからだ。
(これ以上の情報は無理か……悪者は居ない? 妻は書類上だけ? それが何の関係が──)
マエリスが黙ったのを確認したハンデルは、彼女を追い払うようにシッシッと手を振る。直後、マエリスの意識が暗闇に呑まれた。
「バイバイ、リスちゃん。また会おうねー」
最後にそんな言葉だけが聞こえた。
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