地下工房
「……あ、そうだ」
図らずもブルー侯爵家に入り込めたのだからと、マエリスは思い切ってフィエットに尋ねた。
「フィエット。共同井戸の構造を教えてくれる? できれば水源がどうなってるとかも」
「我が家の秘を世間話のように訊かないでくださいまし」
呆れたように返事をするフィエット。
「我が領は港の交易だけでなく上下水道の整備や治水技術でも収益を得ているんですの。軽々と広めることはできませんわ」
「ボクも軽い気持ちで聞いてるわけじゃないんだけどね。最近領内で喧嘩が増えてる感じとかしない?」
「そうなんですの? 私は知りませんけれど……誰か、聞いていまして?」
フィエットが周囲のメイドに尋ねてみるが、メイドは誰一人として手を挙げる者はいなかった。
(フィエットが嫌われてる、のは考えないとして。皆本当に気付いてないのか、影響を受けているのか)
フィエットが影響を受けていなさそうなため、もしかしたら屋敷内は安全という可能性もあるのだが、楽観視は危険だとマエリスは気を引き締める。
「お姉ちゃん、何か分かったの?」
「可能性がいくつかってところ。その中で一番怪しいのが井戸水なんだよね」
「うーん……マエリスさんのことですし、根拠を持っての発言なのでしょうけれど……」
腕を組んで悩むフィエット。しばらくウンウン唸ったかと思えば、溜息を一つ吐いた。
「……確認にせよ許可にせよ、お父様に聞いてみなければ分かりませんわね」
ということで、マエリスとマノン、フィエットは執務室へと出戻りする。
フィエットが執務室の扉をノックする。しかし返事はなかった。
「あれ? 居ないのかな?」
「──そのようですわね」
返事がなかったにも関わらず、確認のために扉を開けたフィエットが言う。
スンスンとフィエットが鼻を鳴らし、執務室の空気を嗅いだ。
「お酒の臭いもしませんから、本当に不在のようですわね」
「お姉ちゃん、なんか私の貴族の価値観が崩れていくよ」
「ま、まあ人それぞれでしょ。あはは……」
「お恥ずかしい限りですわ」
貴族としてはマナーのなっていない行動に愕然とするマノンと苦笑するマエリス。フィエットは頭痛がするのか頭を押さえた。
「そうなると、当主様はどこに行ったのかな……」
「工房だと思いますわ」
「工房?」
そう言うと、フィエットは執務室の中へと入り、奥の本棚を漁る。
図鑑のように分厚い一冊。それを押すと、カチリという音が鳴り歯車の駆動音と共に本棚が動いた。
「「おー」」
予想外のギミックに感嘆の声が挙がる姉妹。
そうして現れる、地下への階段。
「隠し通路? すご」
「こんなのあったんだ」
「マノンさんにも見せるのは初めてですわね。さ、行きますわよ」
それなりに大袈裟な仕掛けのはずだが、ただ扉を開けただけのようにフィエットは振る舞う。さっさと通路の奥へと進んでいってしまった。
慌ててマノンが後を追いかけ、先ほどの本棚について尋ねる。
「さっきの、カッコいい仕掛けは何なの?」
「我が領は港町をしていましたから、他国の珍しい技術も取り込んでいますの。マエリスさんがお求めの共同井戸もそうですが、先の本棚もそうですわ。魔季島の『ヨツバ砂丘』のカラクリという技術だったかしら?」
「カラクリ……魔法は使ってないんだよね?」
「そうですわね。というか、魔法を使った仕掛けは今でも、魔道具以外では遺跡ぐらいでしかありまえんわよ?」
「あ、そうか」
魔法陣が発達せず、魔法と言えば詠唱のものしかほぼ存在しない世界。そんな世界で魔法陣の第一人者がマエリスなのだ。
そのことが抜けていた本人は恥ずかしそうに笑って誤魔化す。
「そ、それで工房って何の? アトリエとか?」
「お父様が芸術を嗜んでいる姿は想像できませんわね……」
フィエットが答えを告げる前に、出口が近づいてくる。
「まあ、もうすぐですし見た方が早いですわね」
「見た方が早い、じゃねえよフィエット」
階段の終わり。その空間にたどり着くや否やフィエットは父親から文句一言を受けていた。
下る際の足音が聞こえていたのだろう。バルバロは出口の前で呆れたように待ち構えていた。
「あのなぁ、フィエット。男の隠し部屋にズカズカと入ってくるんじゃねえよ。自分の息子にもしてみろ? すぐにグレるぜ?」
「意味が分かりませんわね。それよりもお父様に伺いたいことがありますの」
「かーっ、男のロマンが分からねえ娘だなぁ。地下に隠された秘密の工房っつー不可侵な響きが何故分からねえんだ。お前らなら──って、この場に男は俺だけかよ」
(まあ、言いたいことは分かるけど)
嘆くバルバロに、前世は男だったマエリスが内心で同意する。
その間に、マエリスは工房の中を見渡していた。
部屋の四隅に大きな水槽があり、大きさや色が様々な魚が元気よく泳いでいる。水槽と水槽を繋ぐように走る水路の横には小さいながらも畑があり、いくつか芽が出ている。
そして床には本が散乱しており、その中に網や錆びたナイフなどが転がっていた。
(何なんだ、この工房? 魚、畑……食べ物? いや、それなら地下に畑を作ってるのも謎だし、大きさも微妙だよね……)
マエリスが首を傾げている間に、フィエットは話を進めていく。
「それでお父様、マエリスさんが共同井戸の構造について聞きたいと言ってまして、教えて構わないでしょうか?」
「あん? 井戸ぉ? 別にいいだろ。結局あれは水源がなきゃ意味ねえからな」
「それと、最近街で喧嘩が増えているとは聞いたことはございまして?」
「さて、それは知らねえな。喧嘩なんざそこらであるだろ、気にする程か?」
「はぁ……」
(フィエット、今お父さんを使えないなって思ったね)
深々と溜息を吐いたフィエットを見て、マエリスは心の中で労いを投げる。
「聞きたいことはそれだけか? ならとっとと失せろ失せろ。男のロマンを理解できない奴が長居すんじゃねえ」
「はいはい分かりましたわ。失礼します」
おざなりに、肩を竦めて返事をしたフィエットはくるりと方向転換して階段を戻っていく。
マノンはバルバロを一瞥してから、フィエットの後をついて行った。
「……結局、あそこは何の工房なの?」
ついぞ分からなかったマエリスがフィエットに尋ねる。
「錬金術の工房だそうですわ。まあリケの所のそれとは違う方向性……命? 生命分野だそうですけれど、正直お父様が何か発明したのは見たことありませんから、どこまで本気なのやら」
「錬金術……生命……」
「マエリスさんが見ても分からなかったのなら、趣味にも満たない暇潰しですわね。貴族になってから始めたらしいですけれど、四十年も続けるほどロマンとは重要ですの?」
「あはは……」
(なるほど、錬金術か)
フィエットに相槌を打ちながらも、マエリスは考える。
確かに、あの工房の生産性は決して良くないだろう。物も整頓されておらず、埃も積もっていれば、広さも足りない。
(でも、埃が積もってたのが気になるんだよね。長く空けてたりしたのかな……?)
何か、フィエットが思うよりも重要な何かが隠れていそうで、マエリスは工房の存在を頭の片隅に残した。
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