『海賊』
「ようこそようこそ、お越しくださったなぁ無礼者ども。聖騎士聖女だからって決まりを無視すんのは良くねえよなぁ?」
「ご、ごめんなさい……」
ボサボサの白髪交じりの赤髪。日に焼けた黒い肌。アルコールの臭いがする赤ら顔を斜めに走る三本の傷跡。口と顎の無精髭。まるで鎧のように膨張し、服の下からも主張してくる筋肉。
机の上に脚を投げ出してマノンを詰める男こそ、フィエットの父親であり西部のドン──『海賊』バルバロ・ブルーだ。
一瞬、マノンやシルフを嘲笑する発言にユリから怒気のようなものが漏れかけるが、それを隣のシルフが宥めていた。
「ま、礼儀知らずは俺が言えた口でもねえがな。娘のダチだから大目に見てやらぁ」
「そうですわお父様! なんですのその姿勢は!? これでは我が家の品が問われますわ!?」
「今更問われる品もクソもねえだろフィエット。貴族になって四十年。文句を言われた事なんざ一度もねえんだ」
「それはお父様が騒いだ者を殴って黙らせただけですわよね!?」
父親に対しても委員長気質はなくならないのか、そしてそれは日常茶飯事なのだろう、フィエットの諫言を右から左へ聞き流すバルバロ。
その視線がマノンから、マノンが腕に抱えるマエリスへとシフトする。
「んで? お前がガリ勉小僧の秘蔵っ子か?」
「ガリ……? えと、マギカ侯爵家長女のマエリス・マギカです。ご当主様のことは、デビュタント直後の魔法学会で拝見させてもらいました。あの時は助けていただきありがとうございます」
「あぁ? 学会? んな詰まんねえもんに出た覚えは……あぁあぁ、あれか。デビュタントってんなら十年前のことだろ? よく覚えてるなぁ」
「あはは……」
なんと返せばいいかも分からず、とりあえず笑っておいたマエリス。
「ま、急な客にも出せるよう部屋は腐るほど余ってるからな、好きに使ってくれ」
「お父様……事実だとしても言い方がありますわ……」
ガックリと項垂れるフィエットが印象的だった。
無力を嘆くフィエットの図を最後にしてバルバロの前から去ったマエリス達は、案内された部屋で荷物をまとめていた。
「……結局、またパン屋には行けなかったね」
「もういっそのこと取り寄せてもらったら?」
ポツリと呟いたマノンに、マエリスがそう提案する。それを横で聞いていたフィエットが反応した。
「パン屋ですの?」
「うん、お店の人に紹介されてね。パン屋だけどお菓子が美味しいんだって。実際かなり並んでたし、成金みたいなのも湧いてたよ」
「それは興味深いですわね。なんてお店ですの?」
「えっと──」
そこでふと、マエリスは言葉を止める。
あのパン屋は騒動の中心にもなった。自分は井戸水が原因と考えているが、パン屋は本当に無関係だろうか?
(検証する前に提案するのは早まったかな?)
「『オルレアン』だったかな?」
マエリスが躊躇するも束の間、マノンが思い出すようにフィエットに伝える。
店の名前を聞いたフィエットはメイドを呼んで早速注文に向かわせた。
「貴族ともなると御用達のお店でばかり注文するものですから、新しいお店は楽しみですわ」
「そう? うちは結構色々なところで買うけど」
「マギカ領の領主と領民の距離の近さはいつも羨ましく思っていますの。ルピのお陰ですわよね?」
「そうかもね」
あのワンコはお使いも一人では儘ならないドジメイドだが、その愛嬌で皆に可愛がられていたはずだ。
それだけに、彼女がメイドを辞めてしまったのは残念ではあるが……
「……そういえば、フィエットのご家族は? 今いらっしゃるなら挨拶したいんだけど」
そこでふと思い出したマエリスがフィエットにそう尋ねるが、フィエットはキョトンとした顔をした。荷物を片付け終えたマノンも同じ表情をする。
「お姉ちゃん?」
「あれ? ボク変なこと聞いた?」
「……ああいえ、そう言えば私の家族構成を話していなかったと思い出したところですわ」
そしてやっと納得いった顔をして、そして苦笑するフィエット。
「私、お父様と二人暮らしですの」
「え? 侯爵なのに?」
「方々から圧をかけられてやっと第二夫人を娶ったマギカ家には言われたくないのですけど……いえまあ、貴族全体で見ても変わっているのは自覚していますわ」
既に乗り越えた後のことなのだろう、フィエットは何でもないように言う。
「書類上、お父様には七人の妻がいるはずなのですが、私は誰とも会ったことがありませんわね。私を生んでくださったお母様も、産んですぐに亡くなったと聞いてますし」
「あー……」
(そういえば、本当に微かな記憶だけど、エレノアの授業で『海賊』の話が出た時に奥さんが何人も行方不明になってるって言ってたっけ……)
本当にこの屋敷に泊まって大丈夫なのかと心配になるマエリスだったが、マノン達は泊まったことがあるらしく気にしていない。
周りを伺っていたマエリスの様子を見て、フィエットが少し寂しそうに尋ねる。
「マエリスさんは、軽蔑しますの?」
「へ? ボクが? 何を?」
「デビュタントの前からずっと、『人食いの娘』と悪口ばかり投げられましたわ。友と呼べる者は一人もおらず、使用人たちも余所余所しい。近くにいるのはジニーくらいのものでしたけれど、あれは周りを等しく興味ないと思っていますもの」
「? うん。それが軽蔑とどう繋がるの?」
本気でフィエットが何を聞きたいのか分からないマエリスが困惑の表情で首を傾げると、フィエットがクスリと笑い、マノンがマエリスを抱き締めた。
「やっぱりお姉ちゃんはお姉ちゃんだよね」
「ですわね、何も変わっていませんわ」
「? 本当に何の話?」
渦中のマエリスだけが意図を理解できないまま、再開の時は過ぎていくのだった。
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