ブルー侯爵家へ
「フィエット!」
「マノンさん! あなた貴族としての自覚はないんですの!? 普通は貴族の領地を訪れたら、屋敷を訪れるなり呼び寄せるなりで挨拶するのが筋でしょう!? 『聖騎士をもてなさなかった』ってブルー侯爵家を辱める気ですの!?」
「や、ま、その、終わった後でも別にいいかなって」
「良いわけがありませんわよね!? 貴族の社交を甘く見過ぎですわよね!?」
地団駄を踏む勢いでマノンに詰め寄りながらツッコミを入れるフィエット。背丈は十年の時を経てすっかり大人に近づいており、胸部に至っては二度見するほどの大成長を遂げているが、面影や雰囲気はマエリスの記憶通りだ。
「いいですの!? 貴族の社交というのは単なる挨拶や両者だけの関係では済みません! その行動によって対外的にも重要な意味を持つのですわ! たった一つの順番の違いだけでも多大な誤解が生じうるというのに、マノンさんは平然と無視するのですから!」
「でもその、フィエットに迷惑をかけないようこっそり調査して、こっそり観光して帰るつもりだったし」
「でしたらせめて『こっそり』行動してくださいませ! 賢者様は一体何を考えておられるので……え?」
そこでピタリと、フィエットの行動が止まる。マノンの腕に抱えられている人物──マエリスと視線がぶつかったせいだ。
「……」
「や、やあ、フィエット、久しぶり」
「ま、まま──マエリスさんですわ!?」
フィエットはさらにヒートアップした。
「……事情は把握しましたわ」
フィエットが乗ってきた馬車の中。
マノンが持っていたミシェルの手紙を読み、フィエットが溜息を吐く。
「正直言いたいことは沢山ありますけれど、言っても仕方ないようですので言いませんわ」
「色々あったんだね……」
諦めと疲れが滲んだ陰のある顔に、マエリスは思わず慰めを口にした。
「いいですわ、ジニーも似たようなものですし。それよりも」
「?」
フィエットは改めて姿勢を正し、正面のマエリスの目を真っすぐ見る。
「マエリスさんのお目覚め、心よりお祝い申し上げますわ。またこうしてお話しできることをとても嬉しく思いますの」
「……ありがとう。ボクがいない間、マノンと仲良くしてくれたのもね」
「聖騎士様からお願いされては断れませんもの」
「え? フィエットが仲良くしてくれたのは貴族の義務感なの?」
「さて、どうでしょう?」
ショックを受けた様子のマノンと、澄まし顔のフィエット。口調から冗談と意趣返しであることは明らかであるため、マエリスは何も言わなかった。
「まあ、魔法陣の研究は私の研鑽にとても役立ちましたもの、良いお話だったと思いますわ」
「フィエットが他人行儀だよ!? 謝るってば!」
「──それなんだけど……」
そこでマエリスは言葉を続けようとして、閉ざす。『皆の研究から己の名を消してほしい』と言うには、今は相応しくないと考えたからだ。
「どうかしまして?」
「いや、ジニーはいないんだなって思って」
「婚約者でもありませんのに、私とジニーがセットだとお考えで?」
「いや婚約者でも常に一緒にはいないでしょ」
つい勝手なイメージで誤魔化してしまったマエリスをフィエットはジト目で見る。
「……このやり取りも懐かしいですわね」
そしてクスっと笑ったかと思えば、表情を戻してマノンを見る。
「今日からは我が屋敷をお使いくださいまし。調査の人員も用意しますわ。それでよろしくて?」
「うん。ご厚意に甘えるよ。ユリとシルフもそれでいい?」
「インヴァネス様の仰せの通りに」
ユリの賛成の意。シルフも頷いて反対しないため、フィエットの言う通りにブルー侯爵家の屋敷にお邪魔することになった。
「着きましたわ!」
馬車に揺られること十数分。マエリスが目にしたのはマギカ領のものよりも一回り大きな屋敷だった。
山脈という天然の防壁を背後にした威容。近くに滝があるのか、水の落ちる音も遠くから聞こえてくる。玄関までの庭は水路と噴水で飾られ、水の都の貴族屋敷という雰囲気を感じさせた。
(ただ正直、『海賊』の屋敷っぽくは見えないよね)
その二つ名から感じさせる野蛮さは欠片もないところは、やはり貴族かとマエリスは思った。
マノン達は訪れるのは初めてではないのだろう、特に周りを見ることもなくフィエットの後に続いていた。
(それにしても……)
マノンに抱えられる中、マエリスは車中での会話を思い出す。
あまりにも普通な──普通過ぎる会話を。
(フィエットは……もしかして、井戸水の影響を受けていない?)
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