共同井戸と、侵食
「大通りと裏路地の飲水事情ってどうなってますか?」
マエリスの質問にロミオと騎士は困惑した顔を見合わせてから、ポツリと答える。
「大通りというか、基本的に侯爵領の住民は井戸水を使う。清潔面という意味でも、利便性という意味でもな。あれはかなり特殊な技術を用いていると聞いている」
「ですがそれ故に、裏路地には井戸は設置されていません。盗難などの可能性もありますので。ですが細い水路なら流れている箇所がまあまあありますので、スラムの住人はそこで飲水を調達していると聞きます」
「ビンゴ」
大通りにあって裏路地にない物の中で一つ、かなり疑わしい代物が浮上してきた。
「井戸水は全部繋がってるんですか? それとも別々?」
「すまない、それは把握していないんだ。共同井戸の構造や運用についてはブルー侯爵家の秘として扱われている」
「そうですか……いや、状況証拠から推定黒って判断でいいと思いますが」
仮定で興奮剤のような薬物が存在すると考える。それが井戸の上流に入れられたか、個々の井戸に入れられたか、捜査的には重要な点だが被害者目線では関係ない。
「一応、裏路地で本当に変化が起きていないのかは確認が必要ですよね。それと井戸水は飲まないようにしないと……あ、ひょっとして水筒の水は──」
「その懸念は不要だ。あれは私が帝都から持参した水だからな。調査するにあたっては極力現地の物に触れないのが私の主義だ」
「ですが、他の騎士の中には既に井戸水を摂取してしまった者も多数います」
「再編するしかないだろう……マエリス嬢、協力感謝する。何か新たに判明すれば君に伝えよう」
話がまとまり、望外の情報提供者も手に入ったのは良い。良いのだが……
「ボクじゃなくて、マノンとかにでも──」
「いや、君が最適だと判断した。構わないだろう?」
「……まあ、いいですけど」
なんか、ロックオンされてる……?
尋問の終了と同時に部屋へ突入してきたマノンに回収され、マエリスが去った部屋の中。
「……さて、バル。彼女はどう見えた?」
「噂は所詮噂というところでしょうか」
二人きりとなったロミオと騎士が互いの所感を述べる。
「頭の回転がかなり速い。さすがは次代の賢者と言われていただけはある……が」
「逆に共犯かと怪しくも見えてしまいますね。念のため、彼女についても調査しておきます」
「頼んだ」
短く一言。いつもならこれで終わりのはずだったが、騎士のフリをしている従者はロミオに尋ねる。
「協力要請は、何も疑いの残る彼女ではなく、聖騎士や聖女でも良かったのでは?」
「君もわかっているだろう? 彼女達も僅かながらやられている」
それに、とロミオは初めて氷のような無表情を歪める。
「そもそも、教会は信用できない」
「……左様で」
彼の教会嫌いは昔からであり、そもそもマノン達を呼び止めた理由の半分もそれだ。
従者は肩を竦めて、調査のために部屋を出て行った。
「……ユリだよね?」
マノンに回収され抱えられていたマエリスをユリが声をかける。その恰好は全身を隠すローブではなくまるで町娘のような服と帽子を着ており、顔をヴェールで隠していた。
シルフも似たような恰好であり、違いとしてヴェールではなく髪を布で包んでまとめてあった。髪色も顔も身長も全然違う二人だが、こうして並ぶと姉妹のように見えるから不思議だ。
「女性の騎士が買ってきてくれたのよ。いいセンスだと思うわ」
「ボクもそう思うよ」
素直に同意するようにマエリスは頷くが、ユリは浮かない顔だ。
どうしたのかとマエリスが首を傾げると、ユリは不満げに口を開く。
「それよりも、最後だったお姉さんもこんなに長く拘束されるなんてね。あのロミオって人、気に入らないわね」
「そう? 特に威圧されたりとかはなかったけど……」
「あれは間違いなく教会のことが嫌いよ。職質の理由だって難癖に近いものだったもの。本当に嫌よね、公私の区別ぐらいつけないと」
「ユリ……?」
何か、ユリの周りにドス黒いオーラが展開されているようだ。
何かあったのだろうか。マノンとシルフは、恐らく早々に聖騎士と聖女だと判明するだろうから、取り調べはマイルドなはず……その分の皺寄せがユリに集まったとか?
「典型的な帝国近衛騎士って感じよ。大した理由もないのに教会を毛嫌いして……悪どさで言えば教会よりも帝国の方がキナ臭いと思わない?」
「ユリ? 落ち着いて? 周りの騎士の視線が危なくなってるから」
理性のストッパーが効いていないのだろう、ユリの止まらない暴言をマエリスが宥める。こういう時動きそうなマノンも不満を持っているせいか動かないし、シルフ──否アケボシは黙ったまま。
(たった一日でここまで進む?)
マエリスは頬を引き攣らせる。それはもしかしたら、この中でユリが最も『一般人』に近いからかもしれないが。
自分が水を飲まなかった幸運に、マエリスは感謝した。
「えーっと、ほら、もう着替えは必要ないよね? それならちょっと遅いお昼を食べに行こうよ。お腹空いてるからイライラするんだよ。ね? マノンもそう思うよね?」
「……そうだね、お姉ちゃん。今度こそあのパン屋さんに行って──」
マノンがマエリスの圧を読んで話の流れを変えようとした、その時だった。
カッポカッポ、カラカラと、馬車の音が段々と大きく聞こえてくる。
やがて詰め所の前にやってきて、そして止まったその側面には『三叉槍と波を割る鯨』の紋章が掲げられている。
扉が開き、降りてきたのは金髪縦ロールが特徴的な令嬢だった。
「マノンさん! 来訪の連絡があったかと思えば騎士の詰め所とはどういうことですの!?」
「フィエット!」
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