職質と偏り
「──さて、一応貴方にも話を聞かせてもらいましょう」
マエリス達がロミオに連行されてから一、二時間。
一行はそれぞれ別々の部屋に入れられ、順次質問を受けていた。
恐らく容姿から優先度を最後にされたマエリスは、その間をずっと待っているのではなくて、別の騎士から取り調べは受けてはいたのだが、どうやら改めてロミオが調査をするようだ。
「その前に、水をもらえますか? さすがにちょっと喉が渇いて……」
「……まあいいでしょう。君、私の水筒とコップを持ってきてくれ」
そう言うと、ロミオは先ほどまでマエリスを調べていた騎士に取りに行かせる。騎士がマエリスの腕よりも大きなそれを持ってくると、コップに中身を注いで渡してくれた。
「……あの、ストローとかって、あります? ボク、腕が上手に動かせないので」
「ストロー? 生憎と私は持っていませんね。君は? 詰め所にあったか?」
ロミオも同伴する騎士も首を横に振る。
「仕方ない。君、飲ませてあげなさい」
ロミオの命で、騎士が水を飲ませようとコップを傾けるが、ぎこちないせいで幾分か中身が零れマエリスの服を濡らす。
それでも多少は嚥下できたマエリスは、ロミオと騎士に感謝を伝えた。
「ありがとうございます。我儘を聞いてくださって」
「いや、構わない。それより早速いくつか訊かせてもらって構わないですか?」
柔和な言葉遣いだが、ロミオの顔に笑顔は微塵もない。鋭い視線がマエリスを真っすぐ捉えている。
「どうぞ」
「貴方の名前は?」
「マエリス・マギカ──ペーラ・ウルト大陸北部のマギカ侯爵家、賢者ミシェル・マギカの長女です」
「あそこのご息女は今年で十六だが、君がそうだと仰るので?」
「十年前から成長が止まってるんです。ボクも身長が欲しいですよ、切実に」
「ここに来た理由は?」
「調査と、人探しです。最近西部の様子がおかしいってことで、お父様から調査するよう言われました。あとはボクのメイドのリフィが西部にいるっぽいので」
「なるほど。ですがその調査、貴方自らが赴いてする必要が?」
「まあボクからお願いした部分もありますけど、必要があると判断したからお父様は許可したと思います」
「同行者について教えてもらえますか?」
「ボク含めて四人のパーティで、ボクを抱えてた白い女性が、ボクの妹のマノン・マギカ。それでローブを被ってた二人がシルフとそのお付きのユリ」
「何故、お二人はあのような格好を?」
「本当はもっと自然な服装にする予定だったんですけどね。マノンとシルフは聖騎士・聖女で、特にシルフはあの髪色がとても目立ちますから、調査するなら隠した方がいいという判断です。ユリは体質的に日光に弱いからと聞いてます」
「今話したことは全て真実ですか?」
「はい」
そこで質問が途切れる。ロミオと同伴の騎士が何かをコソコソと話すこと数分。
「──ご協力感謝します。質問は以上で終了です」
「え、それだけですか?」
マエリスは怪訝に尋ねるが、ロミオは頷くだけだ。
「はい。前三人の話と矛盾はありませんので」
「これだけ待たされた意味……あ、そうだ」
散々待たされたのに尋問が数分で終わり、釈然としない気分だったマエリスはロミオに一つお願いをする。
「西部に起きてる異変について、騎士の方で掴んでいる情報を教えてもらうことってできますか?」
「難しいですね。こちらにも職務上の守秘義務がありますので。それはあなたの独断ですか?」
「今思いついたので独断ですけど……でもこの後マノン達と合流したらそういう話になるとは思うんですよね。どうですか?」
「ふむ……」
そこで考え込むロミオ。同伴騎士はその様子を伺っている。
「……まず、そちらの理解を提示してもらえますか?」
そして言ってきたのはそんな要求。
「それを基に情報を出すか考えるということで?」
「ええ」
「と言っても、まだブルー侯爵領に来て丸一日も経ってないんですよね。これ、下手したら聖騎士とか聖女からの正式なお願いとして情報提供を求めることになりますけど、それでもですか?」
「昨日の時点であれば、それで良かったのですが」
「?」
何か、その意見を変えるようなことがあったのだろうか。
いずれにせよ、今この場にはマエリスとロミオと同伴の騎士しかいない。説得するためには論理的な意見が必要だ。
(昨日から見聞きしたものを思い出せ)
まず最初は犯罪に至らないまでも、不注意による事故や喧嘩が増加しているという事前情報。
その次は馬車から見た酒場の喧嘩。あの時抱いた違和感は何だ。あの時何故ロミオは、両者をわざわざ気絶させた?
また店で聞いた話。漁の時期なのに魚が取れない。ベテランによる漁船や馬車の衝突──何故今年になってから起きた?
パン屋の前であったあの諍いはどうだ。少なくともあの成金の様子は変ではなかったか? 喧嘩を買った女性は? 野次馬は正常だったか?
そして今朝。マノン達の様子が少し妙だったのは気のせいか?
(そしてボクは正常か、おかしくなってるのか──いや、自分は正気であると仮定しないと何も始まらない)
仮にこれらに共通点があるとすれば、それは何だ。
(不注意? いや、不注意と喧嘩の結びつきが弱い。さらに気が短くなった? 今度は事故と整合が取れない。事故と喧嘩……イライラ? 勘が鈍った? いや感覚? あ、逆か──)
「──住民の『理性のブレーキ』が緩んできている」
「ほう?」
敬語も忘れて、半ば独り言のように呟きだしたマエリスを、ロミオは促す。
「『ここまでなら大丈夫』、『ここで止めないといけない』っていう感覚、勘が鈍ってきてるんだ。だから喧嘩の止め時が分からないし、買わないって我慢ができない。ベテランも操作を誤るし、熟練の感覚が鈍って漁も奮わない。あるいは乱獲してしまって枯れたか」
「なるほど、理性のブレーキか。君が、街中が酔っ払っているようだと言っていたのは当たっていたのかもしれないね」
ロミオが同伴の騎士に対してそう告げる。
そこでマエリスはハッとして頭を下げた。
「すみません、つい礼儀を忘れてしまいました」
「構わない。今は礼儀を求める場ではない。続けてほしい」
(あれ? ロミオからも丁寧さが消えたぞ? まさかロミオもブレーキが緩んでる?)
一瞬疑問が頭を過り身構えたが、それを気にしていても仕方がないのでマエリスは警戒だけする。
「……続けてほしいと言われても、これ以上は難しいかな。本当に情報が足りないんだ」
何が起こっているのかが分かったのなら、次はその原因を探るわけだが。
さすがに原因を推測するには情報がまだ足りないとマエリスは伝える。
「街全体で異常があるなら、何かしらの魔法とかになるのかな? でも誰が、何で……」
再度思考の海に潜り、俯くマエリス。
「厳密に言えば、街全体ではない」
「え?」
そこへ来たロミオの予想外の補足に、マエリスは顔を上げた。
「大通りを中心に多く報告がされている。対してそこから離れれば離れる程に、裏路地に入る程にその数は激減していくな」
「それは、発見できてないだけではなく? 大通りと裏路地、人通りが違うんだからそもそも事故や喧嘩が発生する頻度が違うし、裏路地の巡回が少なければ見落としもあるでしょ?」
「それでも裏路地での報告が殆どないのはあり得ないだろう。そも裏路地──スラムは犯罪の温床だ、必然巡回は大通りよりも多く行っている」
「それなのに数に差があるってこと?」
(それを有意な差として考えるのならば)
何故大通りで異変は発生し、裏路地では異変が起きないのか。一見、逆に思えるこの現象に原因があるのならば、それは何だ?
(大通りにあって、裏路地にはないものが原因? 逆に大通りにはなくて裏路地にあるものが──いや、こっちは考えなくていいな)
「街の地図を見せてもらうことってできる?」
「軍事的な機密情報だぞ、さすがに君には無理だ」
「だよね……」
衛星写真などがないこの時代、地図は貴重なものだ。ダメ元で尋ねたマエリスだったが、案の定である。
(裏路地と言っても、ボクは浅い箇所にしか行ってないからなぁ……発想を変えよう。街じゃなくてボク達だ。ボクが正常で、マノン達がおかしくなってる理由。ボクだけが皆とは違う理由……)
例えばこの両腕。高次元の存在を宿す腕が状態異常をレジストしている可能性はある。
(でもそれって、マノンとシルフもそうだよね。聖痕も高次元の力のはずだし。量の問題? それを考えたらキリがないね)
もっと他に、もっと一般的な違いはないか、マエリスは考える。これまでの行動を思い出す。
「……あ」
ふと、声が漏れた。
マエリスは思い出した。自分がこの尋問の最初、どういう状態であったか。
この街に来てから、マノン達が口にしてマエリスだけは口にしていなかった物があったことを。
「……水」
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