違和
(マノン達の様子が……何か、変?)
そうマエリスが朧げにも違和感を覚えたのはブルー侯爵領に到着して翌日の朝食の席だった。
「インヴァネス様。今日は私が姉君をお運びしますよ」
「やだ。お姉ちゃんは私の担当だよ」
「いえいえ、インヴァネス様に負担をかけ続けるのは本意ではありませんので」
「やだ。絶対に譲ってあげない」
昨日マエリスを抱えたのが気に入ったのだろうが、ユリの提案をマノンは考慮の余地なく拒絶する。
話の流れでならともかく、ユリが自発的に何かを要求してくるのは昨日までは一度もなく、従者として彼女はいつもニコニコしながらマノンやシルフを見ているだけであったはずだ。
マノンの断り方も、普段より冷たく言葉足らずな印象を受ける。
(あるいは、ボクがいなかった十年間では、こういう良く言えば距離が近い遣り取りが普通だったのかな?)
二人の押し問答に困惑したマエリスは、同じく蚊帳の外であるシルフの様子を伺う。
シルフは黙々と、二人の様子を無視して食事をしていた。
これも妙だ。ここは宿に併設された酒場、パブリックスペースだ。マエリス達以外の人がいる場所では、例えば昨日の食事処でもシルフは縮こまっていた。何ならまだマエリスに対しての警戒心が抜けていない。
そのシルフが、ふと顔を上げてマエリスと視線がぶつかると、不愉快そうにガンを飛ばしてきた。
(あ、あの表情はアケボシの方だね。だけど、何で……?)
旅での様子から、アケボシの存在は皆に伝えていても、アケボシ本人は基本的に表に出てきこないものだと予想していたのだが。
(どれもこれも、明確におかしいとは言い切れない範囲なんだよね……困ったなぁ、どう判断しよう)
あの場の雰囲気が気まずく、体調が万全ではないマエリスは結局食事も水も喉を通ることはなかった。
「お姉ちゃん元気ない? 大丈夫?」
「大丈夫だよマノン、ありがとう」
マノンが心配そうに尋ねる。今のマエリスは向かい合うようにマノンに抱えられているため、その後ろのユリが心なしか羨ましそうにマノンを見ているのが肩越しに確認できた。
考え過ぎだろうか。考え過ぎであってほしいと、マエリスはユリから視線を逸らす。
「そう言うマノンこそ、目は大丈夫なの?」
そのマノンは今、目隠しをしていない。陽光に晒された紅い瞳はまるでルビーのように煌めいて美しいのだが、眩しくないかとマエリスは心配だった。
「眩しいよ。昨日みたいな軽い運動なら大丈夫だけど、お父様を相手にするのは絶対に無理かな」
「もしかして、今までも何度か外して外に出たことがある?」
意外と平常そうな声音で状態を伝えてきたマノンに、マエリスはそう尋ねる。
「お姉ちゃんのプレゼントだから常に身に着けていたいんだけど……やっぱり目隠しで私を認識してる人が多いみたいでさ。外してると、似てるけど違うって思われるんだよね。悔しいけど私は演技とか全然だし、身を隠すには簡単な手ではあるんだよ」
「それでも注目は集めてるね」
「白い髪って珍しいからね」
チラチラと周りから投げられる視線にマエリスは敏感だったが、慣れたようにマノンは気にしない。
なお、髪と言えばマノンよりも目立ちそうなシルフは、ユリと同じように頭まで隠れるローブを纏っていた。
「まあ、帽子でも被ればいいかもね。麦わら帽子とか」
「あ、それいいかも! ちょっと暑いから薄手のワンピースとか着てさ。シルフとお揃いでもいいよね! シルフはどう思う?」
「マノン様……白ワンピ……清楚の権化……ゴフッ」
あ、今のシルフはアケボシだった。マノンのその姿を想像したのか、吐血するような音が聞こえたが……まあ聖女は回復のエキスパートだ、致命傷にはならないだろう。
「お姉ちゃんは──」
「ボクは無理だよ。顔は髪で誤魔化せるけど腕はね」
「そっか……」
残念そうに呟くマノン。以降は特にめぼしい会話もなく一行は大通りを進む。
それは数分後のことだった。
昨日馬車から確認していた服屋にもうそろそろで着くだろうという時だった。
「そこのマダム、少しよろしいでしょうか?」
「?」
横道から現れた騎士に、マノンが呼び止められる。兜で顔は見えないが、声音から男性であろうことは分かった。
(というか、マダム? もしかしてボク、マノンの子どもだと思われた?)
プッと、アケボシが小さく噴き出したのをマエリスの耳は逃がしていない。
怪訝に振り返るマノンだったが、その鎧姿を見てふと得心行った顔をする。
「あれ、あなた昨日酒場の喧嘩を止めてた人?」
「おや、あれをご覧になっておられたので」
騎士はまるで物語の紳士のように、胸に手を当てて一礼する。
「私は帝国騎士団近衛騎士隊所属のロミオ・モンタージュと申します。あなたは教会の関係者でしょうか?」
「うん、まあ、関係者と言えば関係者だけど」
(聖騎士はゴリゴリに関係者でしょ)
マノンの自覚が薄いのか、それとも誤魔化しているだけなのか。
腕の中でやや呆れるマエリスを他所に、ロミオという騎士はマノンに付いてきている不審者二名の方を見た。
「後ろの方々は従者でしょうか?」
「従者じゃなくて仲間だよ」
「いずれにせよ同行者という認識で構いませんね? それでしたら皆様にお話を伺いたく」
そこでロミオは一度言葉を切って、マノンへ要求を告げた。
「騎士の詰め所まで、どうかご同行を」
職務質問だった。
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