地元の人から情報収集
時はマエリス達が西部へ到着するよりも数日遡る。
「おっそーい! 遅すぎるよリフィちゃん!」
ブルー侯爵領。深夜にも関わらず賑やかな喧噪が漏れる大通りではなく、闇に包まれた裏路地に間延びした、しかし殺意が滲んだ非難の声が響いた。
「何かな? 私がブチギレるギリギリのラインを攻めてまで来たくなかったのかな? それとも魔人案件よりも大事な用事でもあったのかな? 一回殺すよ?」
「お嬢様が目を覚ましましたので、専属メイドとしての務めを果たしていただけです」
いつものメイド服ではなく、まるでスパイのような、あるいは暗殺者のような闇に溶け込む装いのリフィが、向けられる怒気に冷や汗を流しながら悪びれずに答える。
その内容に、空気まで歪みそうな殺意が急速に萎み、大きな三角帽子を被った魔女──エレノアは瞳をパチクリさせてその意味を把握する。
「え、リスちゃん目を覚ましたの!? たった十年で!? うわ凄いじゃんタリアちゃんどころじゃないよね!? じゃー許す! 許してあげるよ! それでリスちゃんは連れて来たのかなー?」
「連れてくるわけがないじゃないですか。昨日の今日で病み上がりですよ」
「えー、詰まんないなー。治療とかリハビリとかならさー、私とかトルテちゃんとかハンデル先輩がいるこっちに連れて来た方がよかったんじゃないのー? 何なら今連れて来ようかー?」
「不要です。お嬢様なら自力でどうにかなさるでしょう。必要以上に魔女に関わらせる気はありません。増してや、魔人案件などに」
「私はむしろアリな気もするんだけどなー。あーあ、時期が悪いなー。今すぐ覗きたいのにー」
「……それで、拠点はどちらなのです?」
このままだと延々不満を垂れ流しそうだと判断したリフィが建設的な質問をする。
「んー? あーこっちこっちー。ついてきてー」
やや上の空な雰囲気を残したままエレノアは裏路地を進んでいく。その後を音もなく付いて行くリフィ。
「ここだよー」
「……本気ですか?」
そして辿り着いたのは、大通りに面してはいないもののそこに近い一軒の民家だった。
「何かおかしいかなー? 私たちがコソコソ隠れる理由なんてないでしょー? 本当は大通りの家の方が便利なんだけどさー、空き部屋が少ないんだよねー」
「……人の気配がありますが」
「当然でしょー? ここの家族の隙間にお邪魔させてもらってるんだからねー」
「……はぁ」
「あ、リフィちゃん。明日は早いからさっさと寝た方がいいよー」
「はい?」
その意味を尋ねる前に、エレノアはさっさと、そして堂々と表の玄関から民家へ侵入していく。
開けられた扉から見える並べられた靴に、生活感のある匂いと熱が外へと漏れ出る。
リフィは諦めて、その後を追って玄関を潜るのだった。
そして時は戻る。
「ん~っ! おいっし~っ!」
「お店の人に訊いて正解でしたね」
「ねね、お姉ちゃんこれ美味しいよ! はいあーん」
「あ、あーん」
腕が動かせないマエリスを甲斐甲斐しく世話をするマノン。その本人も焼き魚の塩加減に感嘆の声を上げている。
そこそこ横道に入ったところにあるこのお店は、味は絶品だが客は少ない『地元の隠れた名店』として宿の女将に教えられた場所であり、実際その通りであった。
「喜んでもらえて俺も嬉しいわ! 聖騎士様と聖女様に認められた店って宣伝できらぁ!」
「何言ってんだい。そんなの出した日にゃ教会から怖ーい人らが来ちまうよ!」
店主が調子に乗ったことを言ったあたりで、女将がドンと大ジョッキをテーブルに置く。中には透明な水が波打っていた。
「お嬢ちゃんたちは酒は飲まないだろうからただの井戸水だけれどね、キンキンに冷えてるからこれだけでも美味いはずさ!」
マノンとシルフ、ユリはジョッキを手にして口をつけ、その冷たさが喉を通り抜ける爽快感を楽しんだ。
マエリスはまだそこまで喉が渇いていなかったため、首を横に振ってマノンの手を止める。
代わりにマノンは、水を持ってきた女将へ尋ねる。
「サインでもしてあげようか?」
「お、いいのかい? あの壁にでも飾らせてもらうよ」
「勿体ねえ。店先にドーンとよぉ」
「やり方が違うんだよもっと考えな!」
「いってぇ!」
調子に乗った店主の頭を恰幅の良い女将がフルスイングする。すわ喧嘩かとマエリスは一瞬身構えたが、店主は叩かれた後頭部をさするだけでヘラヘラとしていた。
「折角だしじゃんじゃんサービスするよ! ほらこれも食べな!」
「え、いいの!?」
「お、おい母ちゃんそれは出し過ぎじゃ──」
「何言ってんだい! どうせ客なんざ来ないんだ、店の在庫全部目の前の可愛い娘達にやるのが粋ってもんさ!」
「さすがに行き過ぎじゃねえの母ちゃん!?」
「黙りな! 海の男なら黙って用意すんだよ!」
完全に店主が尻に敷かれている。涙目で調理を始めた店主に憐憫の情を抱くマエリス。ただまあ、口元は笑っているため店主も我慢している感じではないのだろう。
(むしろ、女将の勢いが不自然な気も……そういう性格? あーダメだ、何もかもが怪しく見える)
正常が分からない以上、異常が分かる筈もない。
マエリスはこっそりと、店主に尋ねることにした。
「あの、本当に大丈夫ですか?」
「んあ? ああいいってことよ。どうせ客が来なけりゃ捨てるしかない食材だからな、お嬢ちゃんらが腹いっぱい食ってくれるんなら本望よ」
「女将さんは、いつもこんな感じなんです?」
「今日はいつもより張り切ってるかもしれねえな。ただでさえ少ない客足が最近はパッタリなもんだから、お嬢ちゃんらが来て嬉しいんだろうさ──お嬢ちゃんクラーケンは食えるかい?」
「食べられますけど、ボクは薄味の方が好みです」
「あいよ、任せな」
マエリスと会話しながらも、手際よく店主は恐らくクラーケンと思われる触手を焼いていく。
「最近客が来てなかったって、何かあったんです?」
「んー、これといって大きな事はないけどよ、漁師連中が獲れねえってイライラしてな。喧嘩が増えて騎士どもも殺気立ってる。街中ピリピリしてんだ。おっかなくて皆外にゃあまり出なくなってんだろうよ」
「今は漁の時期じゃないってことです?」
「逆だな。むしろ今はピークさ。網を投げりゃ大漁で、竿を投げりゃ入れ食いさ。去年までそうだった。だから今年になって突然獲れないってのはなぁ」
「異常気象とか?」
「いーや、そんな空でもねえしなぁ。海も別に荒れてねえし、普段通りのはずだがなぁ。物価も上がったってのに客は来ない。商売上がったりさ──へいお待ち」
香ばしい煙を立ち上がらせる触手が串を通されて出される。マノンが串をマエリスの口元へ持っていき、マエリスは齧る。ハフハフと熱々の刺激を冷ましながら味わえば、さっぱりした塩気が好みにピッタリだった。
そこへ女将が思い出したように喋る。
「そうだ、漁と言えばあんた聞いたかい? 今朝タンゲとブルのとこの船が衝突したらしいよ」
「はあ? 船をぶつけるたぁ操作は若手がしてたのか?」
「それがねえ、どっちもまあまあのベテランだったって話だよ」
「本当かよ。変に慣れてやっちまったんかねぇ」
「そんでタンゲとブルは殴り合いの大喧嘩さ。旅の騎士様が止めたらしいけどね」
「おっかねえおっかねえ。漁師辞めて正解だったぜ」
店主は肩を竦める。
「つかよぉ、ぶつけたって話は前もなかったか?」
「あんた、そりゃ先週の馬車同士がぶつかったって話だろ? 御者が死んだっていう」
「ああそうだそうだ。貴族の馬車同士がぶつかったって話だったな」
と、そこでふと我に返った店主がマノンたちに笑いかけ頭を下げる。
「ああすまんすまん! 飯の時に聞かせる話じゃなかったな!」
「いえ、尋ねたのはこちらですし。貴重なお話ありがとうございます」
「美味しかったよ! お腹いっぱい!」
「アムレート様はどうでした?」
「ぁ、ぉ、ぉぃしかった、です」
「そりゃ良かった! また来てくれよ!」
「あ、そうだ、何か紙はある? サイン書くよ?」
「マジで書いてくれるのか!? ちょ、ちょっと待ってくれ!」
そう言って、店主は慌てて店の奥へと走り去る。
それを女将は呆れていた。
「全く、あの人は忙しなくていかないねぇ」
「もしかして、ご迷惑でしたか?」
「まさかまさか! うちら平民には罰が当たるくらいの申し出さ! あ、そうだあんたら、デザートは欲しくないかい?」
「デザート!? あるの!?」
「マノンまだ食べるの?」
歓喜の声を上げたマノンに、マエリスは呆れた調子で尋ねるのだが、むしろ逆に呆れた視線をその他から向けられてしまう。
「お姉ちゃん、甘いものは別腹なんだよ?」
「あ、そう……」
(それ、前世から実感したことないんだけどなぁ)
「あはは、期待してもらって悪いけど、うちではデザートは扱ってないんだよ」
皆の熱量に笑いがこぼれた女将が話を続ける。
「ただね、領主の館近くの大通りの横道に美味しいパン屋があるんだよ。最近そこで小さいケーキを扱うようになってね、それがまた美味しいんだよ。うちら平民でも少し頑張れば買える値段なんだ。お嬢ちゃんたちも行ってみたらどうだい?」
「行ってみよう! いいよね、お姉ちゃん!?」
「別に反対しないって。いいんじゃない? ボクも見てみるだけ行ってみるよ」
「やった!」
その後、大きな羊皮紙を買ってきた店主が再度女将からフルスイングで殴られたり。
そこにマノンがノリノリで、シルフがペンを握らされて渋々サインをして、それを店主が泣きながら受け取ったり。
飾る場所で揉めるのを背後で聞きながら、一行はオススメされたパン屋へ向かうのだった。
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