転生者と憑依者
カラカラと馬車は進む。
春らしい穏やかな陽気は、しかし嵐の前の静けさのようにも感じられた。
「…………」
「…………」
「お姉ちゃん? シルフ?」
馬車の中は奇妙な空気が支配していた。マノンの膝の上に乗せられたマエリスと、その正面に座るシルフ。
何かを話したそうにしているマエリスと、視線を合わせまいとするシルフの攻防を、横から見ていたマノンは訝しんだ。
ユリは御者席だ。ルピ? 彼女は置いてきたよ。マノンが呼びに行ったけどお昼寝中で起こすのが申し訳なかったんだと。全てが終わった後の反応が楽しみだ(邪悪な笑み)。
「……あり得ない。クズマエリスと一緒のパーティとかマジであり得ない。どこかで事故に見せかけて……」
(聞こえてるんだけどなぁ)
ブツブツと恐ろしいことを呟くシルフ。マノンにとってはいつもの事らしく全く気にする素振りを見せないが、マエリスからしたら殺害予告である。
マエリス自身も、原作の『マエリス』を知っており殺意を抱いたこともあるため、心情は理解できる故に苦笑するしかできない。
「えーっと……あ、あの雲、魚の形みたいだよ!」
「本当だね」
「そ、そう、ですね」
「西部は港町だから、魚料理も美味しいんだよね。楽しみだなぁ」
「いいね」
「そぅ、ですね」
「…………」
「…………」
「…………」
「……ねえ、もっと楽しくお喋りしようよぉ」
マノンの気遣いも空しく、車内は終始気まずかった。
特注の馬車でも西部まで一日で付くわけではない。日が暮れた頃に馬車は駅へ到着した。
駅の小屋にマエリスを運んだマノンは、こっそりとマエリスに耳打ちする。
「……お姉ちゃん、シルフの様子を見てみてくれない? ずっと怯えてるみたいだから」
「……ボクもそのつもりだよ。やってみるね」
一往復の会話。その後にマノンは厨房の方へ向かうユリの後を追った。
「ユリさん。ご飯の準備手伝うよ」
「インヴァネス様? 別に私一人で問題は──」
「いいからいいから」
二人の姿が壁の向こうに消える。
残されたマエリスは、狭い部屋でシルフと二人きりだった。
「…………ぁ、わ、私も、騎士様の、ぉ手伝いを──」
「シルフさん」
逃げるように部屋から出ていこうとしたシルフを、マエリスが呼び止める。
蝋燭の薄明かりでも分かるほどに、シルフは肩を大きく揺らし、恐る恐るとマエリスの方へ振り向いた。
「少し話さない? 今は一緒に西部に行くメンバーなんだから、この調子なのはよくないよね」
「ぁ、ぇっと、その……」
「君がボクを避けているのも、その理由も何となく理解してるんだ」
マエリスはシルフの目を見て、敵意がないことを示すためにニコリと笑った。
……結果的には、逆効果だったかもしれないが。
「その上で話さないかって聞いてるんだよ。転生者のアケボシさん?」
「ひっ、ど、どうしてそれを──」
後ずさり扉にぶつかるシルフ。見開かれた目には明らかに恐怖が宿っていた。
その様子に、マエリスは自分の言動が誤解されていることに気付いて慌てる。
「あ、待って! ごめん、怖がらせるつもりはないんだ!」
「ぃゃぁ! 来ないでぇ!」
(ああもう! とりあえず落ち着かせるのが先か!)
「ボクも転生者なんだ! 敵意はない! だから落ち着いて!」
「ひぃぃぃぃ!」
怯え蹲るシルフが復活するまで数分の時を要した。
「落ち着いた?」
「ぁ、は、はぃ」
気持ち、まだ距離があるが逃げる素振りをしなくなったシルフ。
一先ずはそれでいいとマエリスは納得し、話を再開した。
「それで、君は転生者でいいんだよね?」
「────? ぇと、微妙に違うような……?」
マエリスが尋ねてからシルフが応えるまでに妙な間が空く。それを訝しんでいると、シルフの方から訊いてきた。
「ぁの、ぉ姉さんは、その、元の人格って、ぁりますか……?」
「元の人格?」
「体の、元の持ち主の、考えと、ぃぅか、自分の中に、別の自分がぃる、みたいな」
「いや、そういうのはないかな」
厳密に言えば、エリスの魂を宿した今はシルフの言う状況に該当するのかもしれないが、少なくともマエリスがこの世界に生まれてからは一度も、そのようなことはなかった。
「だったら、その、ゃっぱり転生者は違ぅと、思ぃます」
「察するに、シルフさんは二つの人格を持ってるんだね? その片方が前世持ちで、片方はその体に元々宿っていた、って認識でいい?」
「ぁ、はぃ、そぅです」
(そういえば、前に皇后がボクの正体を尋ねる時に、転生者の他にもう一つ選択肢を出してたっけ。確か──)
「……それなら、転生者じゃなくて憑依者、ってところかな?」
マエリスがそう口にすると、シルフは一瞬、頭が痛むかのように片目を引き攣らせた。
「──私は幽霊じゃなぃって、言ってますけど、私はそっちの方が、正しぃと、思ぃます」
「そっか。名前は元がシルフさんで、前世持ちの方がアケボシさんでいいのかな?」
「はぃ。ぁの、どうしてァケボシの、名前を……?」
「こっちにも色々あったんだよ」
さすがに並行世界の話までするのは早いと考え、言葉を濁したマエリス。
すると再度、シルフは頭痛に耐えるように顔を顰めたかと思えば、瞼を閉じる。
そして数秒経過した後に開かれた眼には、明確に侮蔑と嫌悪の色が浮かんでいた。
「はぁ……何でクズマエリスとお喋りしなくちゃいけないのよ……しかも幼女の方……拷問……私が何をしたっての」
「主人格を入れ替えることもできるんだ。アケボシさん、でいいんだよね?」
「気安く名前を呼ばないでくれる? 気色悪いんだけど」
「ええ? なら何で出てきたのさ」
「シルフを挟んでちゃ話が遅いじゃない。マノン様に聞かれたら面倒でしょう? 今回だけよ今回だけ。そのぐらい分かりなさいよ愚図」
(ボロクソに言うじゃん。これがプレイヤーから向けられる『悪役令嬢』へのヘイトかぁ)
ここまで嫌われているといっそ清々しい、とマエリスは自分を納得させて、アケボシの言う通りに話を進めた。
「とりあえず、ボクが眠ってた間のマノンのことを聞かせてほしいかな。聖務で色んな所に行ったんでしょ?」
「聞かせてほしいって言われてもね。思い出はあるけどあんたに話す気はないし。でもいつもお姉ちゃんお姉ちゃんって言ってたわよ。うんざりするくらい。
上手くやったものよね。そこは褒めてあげる」
「上から目線で言うね。嫉妬?」
「え、何? 喧嘩売ってんの? 買うわよ? その顔で生まれたことを後悔させてあげるけど」
「こんな体のボクに何をしようとしてるのさ──そうだなぁ、じゃあ今のマノンってどれくらい強いの? お父様との腕試しで成長してるのは分かったけど、それがどれくらいなのか分からなくてさ」
マエリスが何気なしにそう尋ねる。するとアケボシはその目をキラリと輝かせるのだった。
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