エラーと準備
「──ぇ? それ、その人が、ぇと、騎士様の、ぉ姉さん?」
想定していないものを見たかのように目を見開くシルフ。
その反応に違和感と仮説を立てながら、マエリスはマノンに抱えられたまま深く頭を下げる。
「シルフさんとユリさんでいいのかな? どうも、初めまして。いつもマノンと仲良くしてくれてありがとね。姉のマエリス・マギカだよ。正直見苦しい身体だからね、ボクはすぐに引っ込むから気にしないで」
「ぇ、ぇ、誰……?」
「今言ったんだよなぁ……」
自己紹介の後には相応しくないシルフの困惑にマエリスは苦笑する。
(やっぱりシルフは転生者? でも、その割には雰囲気が……)
思い出すのは『魔の森』で遭遇した、恐らく別世界のマノンとシルフ。徹底的に周囲を、そして殊更マエリスを見下していた彼女の姿と、目の前の見た目だけは同じな彼女が結びつかない。
「アムレート様、いきなり誰は失礼ですよ」
「ぇ、ぁ、ぃゃ、そんなつもりは、なくて、ぇと、その……」
「……マノン。シルフさんは戦闘の時はテンションが変わるタイプ?」
「え? そんなことないけど……何で?」
「いや、なんでもない」
(純粋な転生者じゃないってことかな……? 時間があったら話してみよう。それで──)
「あ、私はユリ。教会から派遣されたアムレート様の付き人よ。よろしく、噂のお姉さん」
「マエリスです。噂とはどれくらい違いましたか?」
「そうねえ……かなり?」
「結構正直に言いますね」
マエリスの視線を受けて、全身をローブで隠した女性が気楽な感じで挨拶をする、
フードの中から金髪であることは分かるのだが……
「あ、これ? 私光に少し弱くてね。こうして全身を隠さないとまともに出歩けないのよ」
その言葉と、一瞬だけ見えた赤い眼光。マエリスはピンときた。
「もしかして、『紅眼』ですか?」
「そうなのよ、よく知ってるわね。あ、そういえばインヴァネス様の眼帯はマエリスさんが作ったのよね。それなら知ってて当然ね」
『紅眼』──この世界でのアルビノの呼び名だ。マノンも該当するこの体質は色素が合成できないため光のエネルギーを吸収することができず、皮膚が紫外線によるダメージを受けやすい。
加えて瞳にも色素がなくなるため、血液の色である赤がそのまま目の色となるのだ。
しかし、ならば──
「でも、髪色は金なんですね。『紅眼』はマノンみたく白くなるイメージでしたけど」
「うーん、難しいことは分からないわ。うちは一族皆が金髪に紅い目だから」
(遺伝……? 異世界だから、そういうこともある……のかな……?)
イマイチ頷けない部分があるが、一旦は呑みこむことにしたマエリス。
ちょうど話が途切れた辺りで、ミシェルが皆に声をかけた。
「わざわざご足労おかけしてしまい申し訳ありません。事情も含めて説明しますので、どうぞ執務室へ。マノン、マエリス、君たちもだ」
そうミシェルに促され、皆は屋敷へと入っていった。
「最近、西部で事故が増えている」
「事故、ですか? 事件ではなく?」
シルフとユリへ一通り事情を説明した後、ミシェルがそう切り出した。
「ああ。殺人や窃盗のような明確に犯罪とされるような事件はそう変化がないんだが、不注意による事故やちょっとした喧嘩騒動の件数が増加してきている。犯罪も時間の問題だろう」
「でもそれは、西部なら普通ではないでしょうか?」
横で話を聞いていたユリがそう尋ねる。
「西部は『海賊』バルバロ・ブルー侯爵のお膝元。元々その、豪快な人たちが多い地域ですよね」
「言葉を選ばなければ気が短い人が多いのは確かだ。だが、そうだとしてもここ数カ月の増え方はおかしい」
「そんなイベント知らなぃ……」
ポツリとシルフが漏らした言葉をマエリスの耳は拾った。シルフへの疑惑が深まる中、マエリスは首を傾げてミシェルに訊く。
「それとリフィに何の関係が? リフィは西部へ向かっているということですか?」
「どのような関係があるかは不明だが、彼女の事情を考えるとその可能性が高い」
「事情?」
「……私から話せることはこのくらいだ。この件については調査が難航していてね。現地の協力者との連絡も取れなくなっている」
そこでハッと、マノンが思い出したように口を開く。
「フィエットは!? 確か今領地に帰ってるよね?」
「安否は不明だ」
「そんな!?」
ミシェルの無慈悲な返答に悲鳴を上げたマノンは、胸の姉を強く抱き締めた。
「すぐに行こう! 行かせて、お父様!」
「落ち着きたまえ、マノン。準備を疎かにしては君も危ない──聖女様、これについての教会の意向などは、何かお聞きでしょうか?」
「ひゃぃ」
逸るマノンを宥めながら、ミシェルはずっと隅で縮こまっていたシルフへ話を向ける。
僅かに肩を跳ねさせ、おずおずとシルフは話す。
「ぇと、特には、何も……ほ、本当、です」
「教会は東部──大陸の反対側の西部についてはちょっと鈍いところがありますので」
「そうか……では、聖女殿へ直接の嘆願と致しましょう。どうか娘たちと共に、西部の調査をお願いできないでしょうか?」
「ぁ、ぇと──」
「寄進は、十分に用意させていただきます」
「アムレート様、ここは受けた方がいいかと思います。教会とこことのパワーバランスを少しは水平にできますよ」
「そ、そぅぃぅ政治は、分からなぃ、けど……」
むん、とシルフは拳を握る。
「わ、わかり、ました。聖女の名に懸けて、精一杯、努めますっ」
「お慈悲に感謝申し上げます」
ミシェルはそれに綺麗な笑顔で一礼した後、マエリスへ視線を向けた。
「マエリス。君は今一人では行動ができない状況だ。行動できたとしても範囲は狭い。よって、彼女らに同行するという形でなら君の西部行きも許可しよう。どうかな?」
「ぃぃっ!?」
「この状況で否とは言わないよ。ボク一人で行動しないようにってことだよね? 構わないよ」
「ひぃぃっ!?」
「では、くれぐれも気をつけてくれたまえ」
横で、なにやらシルフの引き攣るような悲鳴が聞こえたが、この場の誰もがそれをスルーした。
お読みいただききありがとうございます。
ブックマーク・誤字報告、いつもありがとうございます。




