追及と条件
「パパ! これはどういうこと!?」
マノンの行動は素早かった。
ミカから手紙を引ったくると、マエリスを抱えたまま執務室へと走り、その扉を蹴破り机に遺書を叩きつけた。
聖騎士としてのスペックをフル活用した一連の暴挙に、ミシェルは一瞬硬直した後、深々と溜息を吐いた。
「マノン……帰ってきていたのならまずここに来なさい」
「今そんな話してないよ」
「マノン落ち着いて。ほら言葉遣い」
ミシェルの呼び方を含めて言葉が十年前に戻っているマノンをマエリスが宥める。
「マノンお嬢様、旦那様はご多忙の身です。あまり我儘は──」
「いや、構わない。ミカは控えてくれ」
マノンに置き去りにされていたミカが遅れて到着し忠言するが、ミシェルが許可したため部屋の隅へ下がる。
そしてミシェルは机に肘を付き、憤慨するマノンを正面から見据えた。
「それで君は、いや君達は何が聞きたいのかな?」
「……リフィの退職の理由、それと行き先、です」
逸る気持ちを落ち着かせ、マノンが多少丁寧な口調を心掛け尋ねる。
「退職理由は退っ引きならない急用、行き先は私も知らない。これで満足かな?」
「……本当に知らないの?」
「ああ。嘘を吐いても仕方ないだろう?」
ミシェルが真面目な表情で断言し、マノンは僅かに怯む。恐らく直感的に嘘ではないことを悟ったのだろう。
「うぅ……お姉ちゃ──」
「でも推測くらいはありそうですけど」
困惑と混乱。その解消にマノンが姉へ助けを求める、その直前にマエリスがミシェルへそう言った。
「嘘は吐いてなくても隠し事はありそうに見えます」
「根拠は?」
「ボクの勘です。お父様の性格的にそういう言い方をするかなと」
「研究者とは思えない発言だね」
「そうですか? 研究者にも勘は大事でしょう?」
「それもそうだね」
切り返されるのが分かっていたような余裕。ミシェルはたっぷり数分、あえて何も口にしないでじっとマノンとマエリスを見詰める。
試されていると思い、マエリスも負けじと見つめ返したが、マノンは居心地悪気に身体を揺らした。
「……はぁ、やはり君は変わらないね」
先に折れたのはミシェルだった。溜息と共にマエリスへ呆れの視線を投げる。
「教えてくれるんですか?」
「その前に一つ、確認をしようか」
尋ねるマエリスをミシェルは手で制し、幾分か目尻を細くする。
「君は、リフィから魔法を教わる際の条件を覚えているかな?」
「? それは、まあ、一応」
リフィの出した条件。
一、リフィたちの正体を探らないこと。
二、マエリスがリフィ以外から魔法を教わらないこと。
三、リフィはマエリスの質問にのみ答え、リフィから自主的には何も教えないこと。
四、、一部の高度な知識については、質問されたとしても回答を拒否する権利をリフィが持つこと。
すっかり形骸化していたとはいえ、確かにリフィから課され、マエリスが了承した条件だ。
「今件はこの条件に抵触し得る。それでも訊くのかな?」
「っ!」
マエリスが息を呑む。それはリフィとの約束を破ってまで知りたいことかと、ミシェルは問うていた。
リフィが何者かなんて、マエリスも気になっている。知りたいのは当たり前だ。
(でもそれは、リフィがボクを守るために引いた安全ラインだ)
それを超えていいのだろうか? 今のマエリスは何も、自分で自由にできることなどないのに。
「……分際を弁えろって言ってます?」
「否定はしないさ。君はそれができる人間だ」
仮にリフィが危険な状況にあったとしても、果たしてリフィの厚意を無碍にしてまで救出できたとして、それに意味はあるだろうか。
(やっぱり準備なしでお父様を説得できるわけがなかった! でも時間も手段も──)
「ううん、悩む必要はないよ、お姉ちゃん」
「マノン?」
歯噛みし、説得の失敗を覚悟したマエリスに、マノンが静かに言う。
先程までの天真爛漫な姿とは一転し、静謐な、そして厳かな空気を纏って、マノンはミシェルと相対した。
「お父様──いや、マギカ侯爵当初殿に、聖騎士マノン=インヴァネス・マギカから協力の『勧告』をします」
ミシェルの視線から僅かに覗いていた親子の情が消え、スッと凍えるように冷たくなる。
「本件においてマエリス・マギカは私の協力者であり、情報を共有される立場にあります」
「聖騎士の超法規的な特権か。私事で濫用してよいものではないが」
「承知の上です。ですが──私はお姉ちゃんのためにこの力を手に入れたの」
「!」
目隠しや神聖な態度では隠しきれない、ドロリとした粘性のある狂気。
マエリスがマノンのためなら命を賭けられるように、マノンもこの十年でその執念を熟成させていた。
「お姉ちゃんの条件なんて、私には関係ないので」
「これ以上はマノンの方が我慢できなさそうだ──いいでしょう」
『現人神』の要請を断るのはリスクが大きいと判断したのか、ミシェルが了承の意を示す。
「ただしこちらからも聖騎士殿へ申し上げたい儀がございます」
「何でしょう?」
「ご存知の通り、娘は先日目覚めたばかりで、しかも四肢が不自由だ。その上で協力者として我が娘を選ばれるのなら、娘の安全を確信できる保証が欲しいのは、親として当然の心」
机に付いていた肘を下げ、ミシェルは背を伸ばしてマノンを威圧する。
「これでもこの身は帝国より『賢者』の称号を賜る身。なのでもし宜しければ──音に聞こえしその武で、私を納得させていただければ」
「──それは」
「マエリスも覚えているだろう? 十年前、君が『魔の森』へ調査に向かう際に、愚図ったマノンを強引に納得させた方法を」
覚えているとも。忘れるわけがない。あの一件で幼き頃のマエリスとマノンの心は訣別し、十年間その溝が埋まることはなかったのだから。
「でもそんな、力で決めるなんて」
「おや、十年の眠りで忘れてしまったかな?」
その当事者になったことで漏れた不平を、ミシェルが鼻で笑う。
「マギカ侯爵家は代々『魔の森』の脅威から帝国を守り続けた──武家だよ」
部屋の隅に控えるミカは、異様なほどに静かだった。
お読みいただききありがとうございます。
ブックマーク・誤字報告、いつもありがとうございます。




