リフィの行方
「お姉ちゃん、リフィに何をしたの?」
「あれ? ボクが原因と思われてる?」
目隠しをしていてもわかる妹のジト目の雰囲気にマエリスは慌てた。
「待って、誤解だよ。ボクが何かできるわけないじゃん。そもそもリフィは三日前からミカに業務の引継ぎをしていたんだから、ボクが理由じゃないよ!?」
「お姉ちゃんの無自覚な言葉のナイフとか」
「おかしい、ボクの信用どこ行ったのかな……?」
あんなに甘えてくれた妹はどこへ……と黄昏れるマエリスの目尻が光る。
「だっておかしいじゃん。あのリフィだよ? 『過激派』のリフィがお姉ちゃんから離れるなんて天変地異よりもおかしいもん」
「待って、過激派って何?」
「今それは関係ない」
「あ、はい」
マエリスは内心、今にも泣きそうだったが、マノンは構わず話を続けた。
「お姉ちゃん、リフィの変わった所とか分からない?」
「そう言われてもね、ボクも目覚めたのが昨日だから、元がどうだったかなんて十年前が基準になっちゃうし……あー、でも」
目を伏せ、思い出す。
「最後の様子は、ちょっとおかしかったかな……」
『どうか……ご安心を』
言い聞かせるような、感情を押し殺すような、そんな声音。
最後の抱擁は再会を喜ぶものではなく別れを惜しむような……
例えるならば、それは──
「死地へ赴く前の挨拶……?」
考え過ぎだろう。あのリフィのことだ、数日か、数か月離れるだけで大袈裟に反応したに違いない。
「……本当にそうか……?」
何かが引っかかる。でもその正体が分からない。
ウンウンと唸るマエリスに対して、マノンが一つ提案をした。
「お父様に聞いてみる?」
「あー、そういえばミカに止められて忘れてたな」
「ミカに? もー、いっつも頑固なんだから……」
「よく知ってるの?」
思ったよりも実感のこもった言葉に、マエリスは目をわずかに開く。
「知ってるというか、ミカをこの家に紹介したのは私だし」
「え? 意外な接点」
「シルフにお願いされてね。まあ仕事はスゴイできるし、お父様もオーケー出したんだけどさ、なんか考え方が古いというか」
「すごい言うじゃん」
(というか、シルフ? もしかして──)
「でもミカが止めてるなら、ちゃんとした理由がないとダメかなぁ」
「ん? あ、そうなの?」
横道に逸れた考えを引き戻して、マエリスはマノンの話に再度集中する。
「ミカ、今はロルカに代わってメイド長してて、お母様の専属とお父様の補佐をしてるから」
「専属ってどういう意味だっけ?」
専属の掛け持ちなど聞いたことがないが……そもそも半分にできるものだったか。
「……ん? あれ? ミカは元々第二夫人に付いてたんじゃないの?」
「ごめんお姉ちゃん、私あの人のこと嫌いだから話題にしないで欲しい」
「あ、はい」
(あの女、まさかマノンも殴ったんじゃないだろうね……?)
一瞬で全ての熱を失ったような声に、マエリスは裏を疑わざるをえない。
「んー、でもあの人は専属じゃなくてたくさんのメイドに世話されてたと思うから違うかも。お父様がミカを、そんな勿体ない使い方するわけないし」
「明確に弱点だよね、あの人」
「うん、私もそう思う」
あの優しいマノンにここまで言わせるとは、やはりあの女(以下略)
暴走しそうになった殺意を一度の深呼吸で抑え込み、マエリスは話を戻した。
「そうなると、ミカって相当うちで権力があるんだね」
「お父様並みにあるね」
「そんな人を説得できる材料って、もう答えしかないんじゃないの?」
「うぅ、諦めないでよお姉ちゃん」
マノンが頭を抱える。マエリスも腕が動けば同じことをしていただろう。
「あ、そうだ! リフィならお別れの手紙とか残してるかも! そこに何か書いてないかな?」
「あー、ありそうだね。でも手紙ってどこに? リフィの部屋にはなかったんでしょ?」
「でもちゃんと探してないし。今から行ってみようよ!」
「え? ボクも?」
「え……? 来てくれないの……?」
止めよ妹よ。そんな『信じてたのに』って聞こえてくる声音で訊くでない。
マエリスは一度溜息を吐いて、予防線を張った。
「ボク、動けないからあまり役に立たないよ?」
「お姉ちゃんの目を信じるよ! 行こ?」
そう言って、マノンは姉をひょいと抱えて部屋を出た。
「──ないねー」
ベッドと机が二セットだけある、質素な部屋。それを隅から隅まで、ベッドの中から机の裏まで探したマノンが残念そうに呟く。
「まあそりゃあ、手紙なら普通はすぐにわかる所に置くでしょ。そこにないならないんだよ」
「お姉ちゃん気付いてたの?」
「薄々。リフィなら悪戯でしかねないとも考えたから言わなかった」
「うぅ、お姉ちゃんに弄ばれちゃった……」
「っ、リフィからダメな部分を学んでるね!?」
想定してなかった発言に、マノンに揶揄われたと気が付くまで一瞬の間を要したマエリスは赤面しながら声を張る。
「にひひ、シルフと同じ反応してる。お姉ちゃん可愛いなー」
「どうしたのマノン? 急にそんな」
「別に……ただ、お姉ちゃんが軽いなーって思って」
「?」
不意にマノンの声が落ちこむ。姉を強く胸元で抱き、離さないようにする様子は奇しくも、昨日のリフィのそれと重なった。
「どこかに飛んで行ったり、しないよね? また置いて行ったり──」
「……どうだろうね」
しないと、言うことは簡単だった。だがそれが嘘になる可能性もあった。
それをマノンには、マエリスは吐きたくなかった。
「置いて行かれるとしたらボクの方──なんて言葉が聞きたいんじゃないよね。正直ボクはまだ、マノンのためになるならボクの身を、文字通りに粉にしてもいいと思ってる」
「……」
「ただまあ、その、『魔の森』の時みたいに突っ走ることは、控えるよ。最近考えが足りてないって気付いたからね」
「……今は、それでいいよ」
マノンは力を緩めない。それどころか、細い腕がギリィッと軋むほどに抱擁の力が増す。
姉の身体を物理的に自分の檻に閉じ込めてしまおうとするような、痛みを伴うほどの執着だった
信用ないなぁとマエリスは苦笑する。
(さて、ここまで探して見つからないなら手紙なんてないと考えるべき……あ、いや、まだもう一パターンあるか)
「マノン。ちょっと思いついたんだけど」
「なあに?」
「リフィ、手紙を誰かに預けてる可能性はない?」
「…………」
突然話題を変えた姉に、マノンは何か言いたげな雰囲気を醸し出すが、悔しいことに一理あるため話に乗った。
「あるかも。でも、そうだとしたら誰? お父様とか?」
「いや、多分──」
「──はい、確かにリフィ様からお嬢様方宛に手紙を預かっております」
「当たり」
「私にも?」
マエリスの期待通りにミカが応える。
ただし、とミカは掃除の手を止めないまま言葉を続けた。
「お嬢様方に今、それを渡す気はありません。悪しからず」
「どうして? ボクら宛なんでしょう?」
「手紙はリフィ様から、二週間後に渡すよう言われておりますので」
奇妙な条件。マノンは首を傾げており意味が通じていないが、マエリスは嫌な予感が急速に大きくなってきた。
「それって、まさか──」
「お姉ちゃん?」
「朝の質問を、再度繰り返すことをお許しください」
そう言って、ミカは掃除の手を止め懐から手紙を取り出し表紙を見せてきた。
リフィらしからぬ歪んだ文字。その意味は──
「お嬢様は理由を知って、どうされるおつもりですか?」
『遺書』。そう急いで書き殴られたような、その手紙を。
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