欠落と補完
「夢じゃ、ないよね……?」
「夢なら、もうちょっとキレイな姿で出てきたかったな」
半身が毒々しい程に赤黒い状態。
右目がまともに見えない状態。
四肢を失くすか動かせない状態。
再会の時を選べるのならば、スリーアウトでチェンジを告げたくなる状況だ。
怯えられているだろうかと不安を抱きながら、マエリスはぎこちなく笑う。
果たして、その答えは──
「お、姉ちゃん──っ!」
「わ──」
窓枠を越えて、マエリスの横たわるベッドに飛び乗るマノン。
ギシリとベッドが苦情を立てるが、下手人は姉の胸に頭を埋めて、声を上げて泣きじゃくる。
(……本当は、お腹を切ったことをたっぷりお説教するつもりだったのに。こんな風に泣かれたら、何も言えなくなっちゃうじゃん……)
今ほど自分の腕が動かないことを歯がゆく思うことはなかったマエリスは、その頭の上に頬を軽く乗せる。
泥や鉄錆の臭いに混じって、懐かしい香りがした。
「お姉ちゃんは、いつから?」
「つい昨日だよ。十年も経ってるなんてビックリした」
「寝すぎだよ、お姉ちゃん」
ようやく落ち着いたマノンが、目元を擦りながらマエリスと向き合う。そこでマエリスは改めてマノンの姿を見た。
病的なほどに真っ白な肌。長い白髪を後ろで束ねたポニーテール。質の良さそうな、それでいて強度もありそうな灰色の皮鎧を身に着けている。
その腰には剣が提げられていた。
そして、目隠しは──
全身を観察していると、ふとマノンの視線がマエリスの顔、その変色している箇所に向いていることに気が付いた。
「──ごめんね、見苦しいよね」
反射的に隠そうとして、腕が動かなかったマエリスはベッドに横たわる。
するとマノンはマエリスの右側に横たわり、添い寝の姿勢になった。
「そんなことないよ? お姉ちゃんが頑張った証なんでしょ?」
「それとこれとは、別じゃない? 理屈ではそうでも、感情ではってあるじゃん」
「そういう意味なら、まあ見慣れてるし」
マノンが姉の右頬に触れながら言う。
「お姉ちゃんの腕が黒くなるのが止まらなくて、一時期は腕を切り落とそうって話もあったんだよ? それを私とリフィで必死に止めたこともあったね。
二年くらい前に顔まで色が変わってきて、いよいよダメかもって思ったこともあったけど、一年前にそれが止まって。もしかしてって、ずっと、待ってたの」
「……そう、だったんだ」
十年間、ずっと信じて待ち続けてくれていたマノンに、マエリスは言葉が出ない。内心を言語化しようと口を開閉するが、いい言葉が浮かんでこない。
よって、マエリスの話題は別の方向へ進んだ。
「その目隠し、まだ使ってくれてるんだね。すっかりボロボロじゃん」
「もちろん! お姉ちゃんから初めてもらったプレゼントだもん!」
「でももう、身体に合ってないでしょ? それは小さい頃のマノンに合わせて作った魔法陣だから……正直に言って、視界が霞んだりしてない?」
「それは……えと、疲れてるだけかなって」
「絶対心当たりがあった言い方じゃん」
マエリスが初めて妹に贈った誕生日プレゼントは、アルビノである彼女の眼を強い光から守るために弱め、適した明るさに調整する魔道具だ。それは当時三歳であったマノンに最適化されており、成長に合わせる機能はない。
「マノンは聖騎士で、最近は聖務とかって頑張ってるんでしょ? さっき血の臭いもしたから、戦いも結構あるはず。そんな視界じゃ戦闘は危ないでしょ」
「うー……」
ちょうど先程、マエリスが言及した『理屈はそうでも感情では』という状態でマノンは呻るしかできない。
マエリスは苦笑した。
「別に取り上げたりはしないよ。新しいのを作ろうか、今のマノンにピッタリのオーダーメイドを」
「いいの!?」
「もちろん。どの道ボク用にも作る必要があるからね」
そう言って、マエリスは左目だけを閉じる。視界が真っ白になった。
「右目が濁っちゃったからね、水晶体の代わりになる物を作らないと。ついでに顔の右半分を隠せるようにね」
「じゃあ私とお揃い!?」
マノンが勢いよく起き上がり、マエリスに覆いかぶさる。
「両目と片目の違いがあるけど、うん、お揃いだ」
「本当に!? やった! お揃いだ!」
「い──」
ギューッと抱き着くマノン。その力はかなり強くなっており、マエリスの肉体が軋む。
マエリスは姉の意地で痛みを堪えた。
「だ、だからまあ、その、ボロいのは捨て──」
「やだ! 捨てないよ! カーディガンだって、大切にとってあるもん!」
「……んー……まあそしたら、リボンにでも仕立て直そうかな。魔法陣としての機能はなくなるけど、まあ黒地に金糸だから見栄えはいいだろうし」
「賛成! あ、お姉ちゃんの髪も大分長いから、そっちも同じリボンを使おうよ!」
「リボンは作ったことないから、どれくらい布が必要かな……」
そこでふと、そもそもとマエリスは思い出す。
「あーでも、それはもっと後になるかな。腕が動かなきゃ裁縫もできないし」
「! じゃあ私が作ってあげる!」
ガバリと起き上がったマノンが、高く手を挙げて宣言する。
「え、マノン裁縫できるようになったの?」
「これでも貴族令嬢だもんね! 魔法陣は、お姉ちゃんの最初の資料のやつでいいんだよね?」
「え、あ、うん。マノンのはそれでいいと思うけど、ボクのはまた機能が違うから調整が要るかな」
「じゃーそこ教えて! お姉ちゃんのは絶対に私が作ってあげるから! あ、糸は余分に付けるんだよね。いないいないばあでもする?」
「しないよ、そんな歳じゃないでしょ」
「えー」
口を尖らせながら、資料を取ってくると言って足早に寝室を出ていくマノン。
妹が戻ってくるまでの間、マエリスは己の動かない腕について考えていた。
(最初は長期臥床によるサルコペニアだと思ったんだけど……それにしては首とか顔とか、腹筋背筋は力が入るんだよね……筋肉が痩せてるような感じにも見えないし……腕……他の部位との違いと言えば……)
「おまたせー!」
そこまで考えていると、マノンが勢いよく扉を開け放って戻ってくる。その背には年季の入った革の鞄が担がれており、その口から羊皮紙の巻物が飛び出ていた。
「じゃあやろう! 早速やろう!」
「あ、うん、お手柔らかにね……?」
そのキラキラとした勢い、圧に、マエリスは若干顔を引き攣らせた。
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