無力を超えて
そうして、時は現在に戻る。
どずん、と。
異形の巨人は、凄まじい音を響かせて砂埃を舞わせ、巨軀を地面に打ち据えられた。
巨人を引き倒した二人の少女は、全く同じタイミングで巨人に向き直る。
薄桃色の双眸と紫紺の双眸が、並び立って手を前に向けていた。
「おねーちゃん……まだですよ。」
「うん。分かってる。……来るよ。」
マリエナと少女はただじっと動きを待つように、砂煙の先を見ていた。
ぱらぱら、と音が鳴る。
光を放つような眼差しが、二人を忌々しいように捉えていた。
巨人は打ち据えられた身体を捩らせ、立ち上がろうとしていた。
後ろに手を着いてブリッジをするがごとく、巨人は自身の巨軀を支えながら持ち上げる。
普通の人では出来ない方向へ関節を可動させるその動きは、最早普通の魔獣とは似ても似つかないものだった。
歪な巨軀を支える怪力に任せるまま、巨人はその肉体を起こし、立ち上がった。
首をこきこきと動かしながら、マリエナと少女を眼下に捉える。
「…………!」
ぶん、と纏わりつく風を割いて大きく拳を振り上げた。
「おねーちゃん!」
「うん! ヴィナ! 一気に!」
ばさり、と二人は大きく翼を拡げた。
蝙蝠の翼が、ばっと広がる。
迫る拳。飛び上がると同時だった。
衝撃。
ずどん、と大地が抉られた。
打ち上がる土くれと、石の破片。
しかし、すでに二人の少女の姿はそこに無かった。
腕の一撃を掻い潜り、その姿は巨人の直上。
腕を、合わせた。
「「ダークネスバレット! デセット!」」
声が重なる。
マリエナと少女の周囲。
黒い球体群が一瞬で形成される。
その数は、二十。すべてが異形の巨人に殺到した。
◆
マリエナと少女は、元々同一の存在と言えた。
「ダークネスサーヴァント」
それによって生み出された使役魔獣は、主の魔力を受けてその姿を変える。
通常はメギドナが出現させたように、人型と成るのが一般的だ。
だが、幼かったマリエナがその魔術を使った時。
「可愛い子が良い」と無意識に願った事で、「ビッくん」は丸い一頭身の使役魔獣として、この世に生まれ落ちた。
マリエナの魔力から生み出された、「ビッくん」。
マリエナのお友達であり、これ以上ない理解者でもあり。
一緒にいた時間の長い「《《彼女》》」は、マリエナの感情を自分自身のことだと思っていた。
マリエナの嬉しさは、自分自身の喜び。
マリエナの悲しさは、自分自身の悲しさ。
そうやって今まで一緒に過ごしてきたマリエナは、「彼女」をとても可愛がってくれた。
一緒に出掛け、一緒に遊び、一緒のベッドで休む。
そんな毎日が、幸せだった。
しかし、マリエナが傷つき、ボロボロになったことがあった。
六月に起こった、学園の襲撃。
傷つき、死んでしまいそうになったマリエナに、彼女はとても不安に駆られた。
あの時、「彼女」はとても苦しかった。
力になってあげられなくて。
ただ見ていることしかできなくて。
それがとても辛くて、葉がゆくて。
自分自身が苦しみ傷つくことが、見ていられなかった。
だからこそ「彼女」はあの時、マリエナに声を届けられたことがとても嬉しかった。
「彼女」の言葉で、マリエナは一歩を踏み出せた。
だが、それだけでは駄目なのだ。
自身と同じ存在であるマリエナが傷つく事など、二度と見たいと思わなかった。
実は「ダークネスサーヴァント」の使役魔獣には、基本的に感情が無い、とされている。
だが、マリエナの願いやその扱いの結果なのか。
「彼女」は、生まれ落ちて早々に、「感情」を得ていた。
大好きな「おねーちゃん」のマリエナ。
そして、その王子様で恋人の「マスター」。
当然、マリエナと同一である「彼女」は「マスター」も大好きだった。
「彼女」マリエナと同じように、「マスター」と触れ合いたいとさえ思っている。
二人の力となる為に。
もう、あんな思いをしない為に。
「ビッくん」に、迷いなどあるはずも無かった。
◆
「古語補正」を乗せて、黒い弾丸が巨人に襲いかかる。
マリエナも、少女も。
修練によって、「古語補正」を完全に会得していた。
一発一発の威力はそこまででも無かった。
だが、球体群が放たれたと同時。
マリエナと少女は左右に分かれる。
球体群を払いのけようと、巨人は腕を振り上げた。
だが、二十発の「ダークネスバレット」は防ぎきれるものではなかった。
振り被った手腕や顔、身体を抉り炸裂する。
巨人にとっては、大した傷では無かった。
撃たれた箇所は、直ぐに再生してしまうのだから。
だが、少なくともその場所に足を留めさせることにはなった。
「ダークネスメルト。クインテット。アニマート。」
マリエナと巨人を挟んで反対。
少女が手を向け、声を発した。
スライム状の液体が、五つ。掌から滴り落ちる。
液体が地面に落ちると、大きくゴムボールのように跳ね回った。
意思を持ったかのように、ボールはベチャベチャと巨人に貼り付く。
貼り付いた箇所はじゅわりと音を立て、煙を噴いていた。
「………………………!?!?!?!?」
巨人の動きが鈍る。
痛みに藻搔くような仕草で、ぶんぶんと両手を雑多に振るっていた。
そんな隙に、マリエナは手を前に向ける。
「ダークネスマイン! デセット!」
マリエナの声が響き、巨人の周囲にヤシの実大の黒い塊が十個。
ふよふよと浮き上がった。
しっちゃかめっちゃかに両の腕を振り回す巨人。
その腕が黒い塊に当たった瞬間。
どん、と塊が爆ぜた。
爆発は誘爆し、連鎖する。
どん、どん、どん、どん。
「………………………!?!?!?!?!?」
誘爆した衝撃をもろに受けた巨人の両腕。
爆風と衝撃に耐えきれず、再び弾け飛んでいた。
両腕が無くなった巨人のすぐ傍。
「……これで、終わり。」
「あっけなかったですね。おねーちゃん。」
二人の少女が巨人の顔を挟み込むように、接近していた。
キッ、と鋭い二人の視線が巨人に向けられた。
きょろきょろと二人へ交互に巨人は視線を向ける。
腕を動かそうとしているように見えるが、巨人の腕はマリエナのトラップによってもぎ取られている。
再生しようにも、間に合うはずも無かった。
二人は、同時に手を前に出した。
その手の中に、魔力の塊が形成されるのも同時。
既に、巨人に逃げ場などなかった。
レクスから言われた、「眉間が弱点」という言葉。
繊細に狙う必要は、二人にはなかった。
「「ダークネスバースト! フォルテシモ!」」
声が、寸分の差もなく重なる。
放たれたのも、全く同時。
黒い塊が、巨人の頭を挟み込むように迫る。
巨人の腕が蔦を木に巻くように再生し始めた。
だが、既に意味などない。
着弾。
ずどぉぉぉぉぉん、と。
閃光、そして轟音と爆風。
着弾の余波によってばさばさと、少女たちの髪がはためく。
爆煙が晴れ、爆風も収まった直後。
巨人の頭は、既に無かった。
不格好な黒い巨大なオブジェのようにすら見えるその身体は、ぴくりとも動かず聳えていた。
そして、次の瞬間。
その身体は、一瞬にして。
溶けるように、崩壊した。
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