リベンジ
マリエナと少女が巨人を仕留めた一方。
別の一体の巨人の前に立ちはだかるように、一人の少女が立っている。
怯えた様子もなければ、震えてすらいなかった。
プラチナブロンドの髪が風に踊り、右手の中指にはめられた指輪が、陽の光を反射していた。
瓦礫の中に静かに佇むその姿は、戦乙女のようにも見えたことだろう。
異形の巨人は少女を前に、どしん、どしんと地を揺らし近寄っている。
巨人の拳や脚の一撃を喰らってしまえばひとたまりも無い筈の少女は、氷青の瞳で静かに巨人と向かい合っていた。
「……あの時ぶり、ですわね。少々、細部は異なりますけれど……。」
ふぅ、と。
少女は深い息を吐いた。
カルティアは以前、巨人と対峙した時には辛酸を舐めさせられていた。
応戦したは良いものの、無様な姿を晒してプライドをへし折られた。
生死の境を彷徨っていた所を、偶然レクスに助けられたのだ。
あのような姿を、二度と晒すまい、と。
民を護るための王族としての責務、レクスと共に歩くためのプライド、そして。
「……再戦とさせていただきますわね。わたくしは……あの時は違いますわ。」
決意を込めて、言い放った。
カルティアの髪飾りが、陽の光を受けて輝く。
この「スノードロップ」は、カルティアの宝物であり、レクスと共に歩く決意の現れなのだから。
左手の薬指には、レクスから貰ったシンプルな木彫りの指輪がはめられていた。
レクスも今、この場所で被害を食い止めようと奮闘し、奔走している。
レクスだけではない。
マリエナやアオイ、レインにクオン、キューまでもが被害を食い止めようと駆け回っている。
手を上げて、木彫りの指輪に口付けを落とした。
あたたかみのあるような手触りと、触り心地の良い優しい感触。
(……レクスさん。力を、いただきますわね。)
怖さなど、微塵もなかった。
顔を上げて、目を開く。
どしん、どしんと。
異形の黒き巨人は、カルティアのすぐ前まで迫っていた。
カルティアはその場から動く気配はない。
正確に言えば、カルティアは動く必要すらも無かった。
ごう、と。
風を切り裂き、巨岩にも似た拳が振り上げられる。
巨人の拳は、直ぐに鉄槌の如く振り下ろされた。
拳を見据えたまま、カルティアは手をかざす。
「シャインシールド!」
凛とした声。
指輪が輝き、空中に光の盾が形成される。
「あの時」と同じであれば、光の盾はいとも容易く破壊されてしまう拳の一撃。
それを、盾は「古語補正」無しで受け止める。
ドォン、と。
拳が盾とぶつかり合った。
瞬間。
「……はぁっ!」
一声。カルティアはかざした掌を、左にずらした。
巨人の拳の一撃も、盾につられる。
「……!?」
岩のような拳の一撃は、巨人の意図せずしてカルティアの左に逸らされた。
元々、正面から盾で受け止める必要など無かった。
拳の一撃を、受け止めきれる筈もないのだ。
自身に拳の一撃を、当てさせなければいい、と。
カルティアはそう、割り切っていた。
ドゴン、と地を奔る衝撃。
舞い上がった小石の粒が、カルティアに降りかかる。
しかし、カルティアは動かなかった。
盾を消し、すぐさま掌を返して巨人の頭に手を向ける。
巨人は拳を振り下ろした事で、頭も下がっていた。
大きな隙。カルティアは、狙いを定める。
「シャインバースト! フォルテ!」
カルティアの掌から、輝く魔力塊が放たれる。
「古語補正」で高められた魔力塊。
軌道は、真っ直ぐ巨人の頭だ。
巨人は片方の拳を地面に打ち据えたままだ。
避けられる筈もありはしない。
「…………!?」
閃光が奔る。
カルティアの一撃が、巨人の頭をのみ込んだ。
◆
「カルティア殿には、「古語補正」の上位となるものを学び、体得してもらいましょう。」
カルティアは修練をする際、イリアにそう告げられていた。
淡々と口に出すイリアに、カルティアは首を傾げた。
「……古語補正の、上……? そんなものが、ありますの?」
晴れやかな空の下で、風に揺れる草原の中。
目の前のイリアの言葉に、カルティアは怪訝そうに目を細くしていた。
二人から少し離れた場所では、マリエナと、ビッくんが姿を変えた「少女」が二人で空を舞いながら魔術を撃ち合い、訓練をしている。
二人が空を舞いながら息を合わせようと舞う様子は、とても華麗で曲芸のようでもあった。
しかし、そんな二人を意に介さないかのように、イリアは言葉を続ける。
「先も申し上げましたが、「冠詞超越」……これは古くに廃れた筈の技法でございます。ですが、通常の魔法や「古語補正」とは比べ物にならない力を発揮するものである故、カルティア殿が習得するにはうってつけのものになるでしょう。」
「……それは、どういったものになりますの。」
「通常の魔術や「古語補正」は、自身の持つ魔力に「形や動作のパターンを指示し動かす方法」になります。ですが、「冠詞超越」にはパターンはありません。自分自身の思い描く形や動作を、そのまま魔力に流し込む技法になります。」
「形や動作を……魔力に流し込む。……初耳ですわね。」
「御覧になったが早いでしょう。……こほん。」
イリアは、おもむろに咳払いを挟む。
右の掌を開くと、その場で上に向けた。
掌を見つめ、口を開く。
「|光球よ、天高く舞い上がりて花火とならん《シャイニング・オーブ・ファイアワークス・スカイハイ》。」
ぽぅ、と。
イリアの掌に、小さな光球が浮き上がる。
小さな光球がぷかぷかとその場に浮き上がる様子に、カルティアは目を見開いて驚きを隠せなかった。
魔術に、そんな方法は無いからだ。
近いものは「シャインバレット」で光球を飛ばす術やそれの待機状態、または「シャインライト」というただその場に光球を浮かべて周囲を照らすという簡単な魔術が近いものにあたるだろう。
だが、カルティアの目の前の光球は「まるで意思を持ったかのように」、ふわふわと上下に動いている。
そんな状態など、カルティアは覚えがなかった。
カルティアの視線を受けた光球は、ぱっとその場に静止する。
一瞬後。
一気に上空へ向かって光球は急加速しながら大空に飛び上がった。
そして。
ぱぁん、と。
「ひゃっ!? な、何が起こったの!?」
「な、なんですかー!?」
破裂音を響かせ、空の上で大きく光の大輪を開かせた。
音に驚いたのか、空を飛んでいたマリエナと少女がその場で急停止する。
光の筋が空に描かれ、線を引いてしだれていく。
幻想的な光の大輪に、カルティアはただ呆然と見上げることしか出来なかった。
こほん、と再びイリアが咳払いをする。
「……これが、「冠詞超越」になります。魔力の流れを完全に掌握し、自由な発想で形作る魔術。……言わば、自己流魔術の「創造」とも言えますでしょう。ですが、既存の「魔術」とはかけ離れた行為であることも、また事実です故に。魔力も桁違いに消費するものですから、無闇に濫用もできません。魔力の非常に繊細な創作が必要になります。……ですがカルティア殿なら、会得できるものと此方は信じております。」
淡々と声を出しながら、イリアはカルティアの瞳をじぃっと見据えていた。
白銀の瞳は、穏やかにカルティアと視線を合わせていた。
カルティアは左手を前に持ち上げ、右手で包むように握り込む。
レクスから貰った木彫りの指輪が、右手に触れた。
「……わかりましたわ。」
カルティアはそのまま手を下げ、イリアに視線を返す。
「イリアさん。その「冠詞超越」をわたくしに教えて下さいませ。」
「……畏まりました。此方の教え方が何処までカルティア殿に伝わるかは分かりませんが、精一杯教えさせていただきます故。」
カルティアの視線に応えるかのように、イリアは肯く。
だが、カルティアは。
小さく頭を下げるイリアを、じっと見据えていた。
「……一つだけ、教えて欲しいですわ。」
「何でしょうか? 此方に答えられることなれば、遠慮なくどうぞ。カルティア殿。」
「……イリアさん。貴女は……一体何者なんですの?」
カルティアの問いかけに、イリアは小さく溜息を溢した。
ずっと、カルティアは不思議であったのだ。
イリアのような人物がいれば、王家も把握している筈なのだ。
だが、カルティアはイリアを知らなかった。
幾ら傭兵ギルドに所属しており、その実態がブラックボックスであると言えど、聖魔術を使用できる人物をグランドキングダムで把握していないということに、カルティアは疑問を覚えていた。
「……そのご質問には、答えられなくもありません。ですが、此方が「何者か」と聞かれても、此方は此方でしかありません故。……ただ一つ、言えるとするならば。」
「それは……何ですの?」
「此方は……造られた「聖女」で御座います故。」
「造られた、「聖女」……?」
「……此方は、イリア・イミューズ。「アルカナ教国」の、「成功品」にして、「失敗作」とでも申しましょうか。」
お読みいただき、ありがとうございます。




