弾けた黒玉
それは、レクスがダンジョンへ潜っている最中だった。
傭兵ギルドから少し離れ、王都の門から出た先の広い草原。
ギラギラとした熱が照らす中でも、草原は薫風に波打っていた。
柔らかな風を身に受けながら、草原に立っているのは三人の女性たち。
カルティアとマリエナ、イリアだった。
傭兵の修練を受けると決めたカルティアたちだが、アオイやレインとは別れて修練することになったのだ。
その理由は、二人の修練の内容が関係していた。
単純に、威力の高い魔術を行使する修練であるからに他ならない。
『流石に此方でも、傭兵ギルドの建屋が吹っ飛んでしまうことは望んでおりませぬ故に。』
イリアのそんな一声のもと、カルティアとマリエナはイリアに連れられ、王都の外へと踏み出していた。
二人並んだカルティアとマリエナ、そしてその足元にいるビッくんを見つめるように、二、三歩離れた正面にイリアが立っていた。
イリアはレクスと同じ程の長身であり、自然と二人を見下ろす形になる。
じっと二人を見据えるイリアは、澄ました顔のようにも見えたが、二人にはその真意はわからなかった。
一歩、カルティアとマリエナに寄ったイリアは、そのまま膝を曲げてビッくんに目を合わせた。
「それでは、先ほども申し上げました通り、そこの「小さなお方」にも手伝っていただきましょう。」
じっとすましたような顔で、イリアはビッくんを見下ろし、視線を合わせていた。
「……ビィ?」
何を言われたのか分かっていないのか、ビッくんはくいぃっと頭、というか全身を傾げている。
「ビッくんに手伝って貰うって……どういう事なんですか? イリアさん。」
そんなイリアに対し、マリエナが不思議そうに声をあげた。
イリアはスッと音も無く立ち上がる。
「この方は、いわば魔獣でもありますが「使役」されている存在でもあります。使役された魔獣の魔力の出処は……。」
「マリエナさん自身、ですわね。」
カルティアの答えに、イリアはこくんと頷いた。
「そうですね。……この方は「ダークネスサーヴァント」により召喚された魔獣であると同時に、召喚した方から魔力を受け取っている存在でもあります。一定の割合、といっても微量な量の魔力を常に召喚者から受け取っていることになります。通常、ダークネスサーヴァントで召喚された魔獣は召喚時に魔力を消費する分、維持するための魔力は微々たるもの。最初に召喚した時の姿のまま、と言われています。……ですが、例外というものがあるのも事実でしょう。」
「例外? それって何ですか?」
「それは、使役魔獣との信頼関係が十分に成立しているかということでしょうか。信頼が十分にある場合、その使役魔獣にあることをすれば、「真の姿」を解放する、といっても過言ではありませぬ故。」
「真の、姿……?」
マリエナはちらりと足元のビッくんに目を向けた。
ビッくんは「ビィ?」と不思議そうに、無垢な目でマリエナを見つめ返している。
背中についている小さな蝙蝠の羽根が、ぱたぱたと羽ばたいていた。
ビッくんと幼い頃から一緒にいるマリエナでも、ビッくんの「真の姿」と言われてもピンと来ていなかった。
「傭兵ギルドにいらっしゃったときから、その方はマリエナ殿にかなり懐いていらっしゃるとお見受けしました。信頼関係は、十分と見て良いでしょう。」
「真の姿って……ビッくんはどんな姿になるんですか?」
「それは此方にはわかりません。……ただ、過去に記された書物における記述によると、「ダークネスサーヴァント」が巨大な黒き龍や白銀の獅子に変わったという事があったようで。実際、やってみなければ結果はわかりません。……ですが、間違いなく。その方はマリエナ殿の力となってくれるでしょう。」
「そう、なんですか……。」
イリアの言葉に、マリエナはビッくんと目を合わせるようにしゃがみ込む。
ビッくんは大切な「お友達」であるのだが、ビッくんは自分自身の写し鏡であるという事を、マリエナは学園が襲撃を受けた時に知った。
いわば自身の願いが生み出した魔獣であり、大切な「お友達」。
幾ら強くなるためとはいえ、そんなビッくんを使うことが、マリエナは少し気がかりではあった。
幼い子供のような視線を見つめ、マリエナは口を開いた。
「……ねぇ、ビッくん。……ビッくんは、どうしたいのかな?」
「ビィィ? ビッビッ!」
ビッくんはマリエナの顔を見ながら、ぶんぶんと顔を縦に振った。
《《あの時》》のようにビッくんの声らしきものは聞こえない。
それでも、マリエナから何かを感じたのか。
ビッくんはイリアに顔を向け、こくん、と頭を振った。
「……どうやら、この方はやる気がおありのようですね。」
「ビッくんがやる気なら……。いい、のかなぁ? どう、やるんですか?」
「やり方そのものは至極簡単です。……魔力を、追加で供給する事です。マリエナ殿はサキュバスですが、どうやら魔力そのものはレクス殿との吸精によるものか非常に多くなっていますね。……その魔力をその魔獣の方に分けるイメージでしょうか。」
「……マリエナさん?」
イリアの言葉を耳にして、隣のカルティアがじっとりとマリエナに視線を送る。
そんなカルティアの視線に、マリエナは慌てて手を振った。
「ち、違うからね!? わたしはレクスくんと……き、キスしかしてないからね!? ほ、本番はまだだよ!?」
「……それにしてはマリエナ殿の魔力が滾っている気がしますが。……キスだけで吸える量にしては、明らかに多い気がします。」
「い、イリアさんまで!? ち、違うから! レクスくんとのキスが……その。相性が良いらしくって……。」
カルティアの視線に、マリエナはその瞳を泳がせた。
事実としてマリエナは、レクスとキスまでしかしていなかった。
だが、マリエナが酔っ払って倒れてしまった程にレクスから魔力を吸い取ってしまったことは紛れもない事実であるのだ。
そんなマリエナの様子に、カルティアは「はぁ」と深い溜息を吐いた。
「……まあ、疑ってはいませんわ。マリエナさんが嘘を吐くとも思えませんもの。」
「よ、良かったぁ……。ほ、本当にまだキスだけだもん。」
マリエナは安堵の溜息をつきながら胸を撫で下ろす。
ぷるん、と。
レクスのハーレムの中で誰よりも大きな巨峰が揺れていた。
イリアはこほん、と咳払いをする。
「……一先ずの方法としては単純です。ですが、使う魔力が異様に多いのです。少なく見積もっても、現在のマリエナさんの魔力の四分の一、多くて半分、といったところでしょうか。」
「そんなに……? ……ビッくん。」
「ビィ? ビッビッ!」
マリエナが目を向けると、ビッくんは「何時でも来い!」と言っているように首を振っていた。
「……そっか。……わかったよ、ビッくん。」
そんなビッくんを見ながら、マリエナは小さく笑みを口元にうかべた。
ビッくんも、マリエナの力になりたいのだ、と。
そんなふうに、マリエナはビッくんの表情を感じ取っていた。
ビッくんはくいっと突起のようなちいこい手をマリエナに突き出す。
マリエナもそれに応えるように、ビッくんの手に触れた。
「……行くよ。ビッくん。」
「……ビィ。」
カルティアは目を閉じ、体内に渦巻く魔力をビッくんに移しこむイメージを脳内に描く。
繋がっている回路を探るように、慎重に魔力を送りこんでいく。
カルティアも、イリアも。
そんなマリエナとビッくんを、息を呑むように見つめていた。
半分程、魔力を注いだ時だろうか。
ぴかぴかと光が見えたような気がして、マリエナは目を開けた。
「……ビッくん!?」
マリエナは思わず声を上げる。
ビッくんが、段々と眩い程の光に包み込まれていっていた。
ビッくんは何も言わず、硬直したようにただただそこに立っているだけだった。
瞬間。
「ビィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!」
ビッくんが叫んだような声が、辺りを揺らす。
ぴかっと眩い光で覆われたビッくんに、三人とも目を細めていた。
「一体、何が起こっていますの……!?」
「……これは……!?」
「び、ビッくん……!?」
そして、ビッくんの身体が。
ぱん、と弾けた。
一瞬の閃光が収まり、三人とも目を開く。
ビッくんの立っていた筈のその場所を見ながら、大きく目を見開いた。
「……これは、此方の予想外ですね。」
イリアが驚きを隠せず、ぼそりと呟いた。
「な、何故……マリエナ、さんが……?」
カルティアも、ただただ呆然とその光景に立ちすくむ他なかった。
そこに立っていた《《少女》》に、カルティアもマリエナも息を呑んだ。
少女はきょとんとしながら、ビッくんがそうしていたようにマリエナと指を合わせている。
「……おねー、ちゃん? あれ? 何が起こりましたか?」
その声は、《《マリエナと全く同じ声》》。
ショッキングピンクの髪は長く、少しだけウェーブ掛かっていた。
紫紺の瞳は、無邪気そうにマリエナを見つめている。
着ている服は、胸元が大きく開いた真っ黒なドレス。
マリエナと同じ程の、果実の谷間が見えていた。
「……ね、ねぇ……「ビッくん」、なの……?」
震えた声で、マリエナは尋ねた。
そんなマリエナの声に、少女はニコニコとしながら肯いた。
「……え? 何を言っていますか? おねーちゃん。当たり前な事を言いますね。びぃは、びぃですよ? ……あれ? おねーちゃんと、話せてます?」
少女の姿は、瞳の色と髪色を除いて、マリエナと瓜二つだった。
生き別れた双子の妹、と言われると誰もが納得するような「ビッくん」の姿に。
「え……えぇーーーーーーーーーーーーーー!?」
マリエナは、素っ頓狂な叫びをその場所に響かせた。
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