役立った修練
カルティアたちに声をかけたレクスは、駆け足で真っ先に広場へとたどり着いた。
そんなレクスの目に映った光景は、見るも無残なものだった。
壊れて散乱した屋台の残骸に、散らばった商品の数々。
割れたり、千切れたりしたその品々に、レクスは目を吊り上げながら口の端を下げる。
異形の巨人に蹂躙された屋台の惨状を目にしながら、四体の巨人が向かう先に、レクスは駆けていた。
四体の巨人は、修道服を着込んだ少女の元へゆっくりとその足を進めている。
瓦礫を踏もうとお構いなしだ。
カルティアたちと同じくらいの年頃に見える修道服を着た少女は、小さな子供をその身に抱え込んでいた。
小さな子供は男の子で、びくびくと身体をふるわせている。
おそらく逃げ遅れた男の子を庇っているのだろう。
少女の身体も、小刻みに震えていた。
巨人がその少女に向かって、大きな拳を振り上げる。
打ち下ろされれば、その場に紅い血の大輪が咲き誇るだろう。
(……いけねぇ!)
それを目の前で見過ごすことは、レクスにはできなかった。
腿を只管に回し、大地を思い切り蹴り抜く。
自身の持てる全速力で、少女と拳の間にレクスは滑り込んだ。
少女は男の子を抱え込んで、男の子を堅く護るように蹲っていた。
「……助けてぇ……誰かぁ……。」
小さく、少女の声が聞こえた。
何かに縋り付くような、か細い声。
「……ああ。もちろんだ。」
何処かで聞いたことのあるような少女の声に、レクスはちらりと視線を向けて呟いた。
レクスの声に驚いたのか、少女がゆっくりと顔を上げる。
だがその表情を、レクスが見ることはなかった。
おもむろに巨人の腕に向き直る。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
身体を捻りあげながら。
思い切り、向かってくる巨人の拳を蹴り上げた。
◆
「……レクス。直線的な攻撃には、どうやって対処すれば良いと思う?」
少し前のとある日に、レクスが傭兵ギルドの修練場でクロウと模擬戦をした後の事。
自身の木剣を仕舞いながら、唐突にクロウがレクスに顔を向けて口を開いた。
「直線的な攻撃? そりゃあ……剣で受け止めたり、逸らしたりするもんだろ?」
「ああ。だけど、いつも武器や盾を持っているとは限らないだろう? 武器で攻撃を逸らすのは武器を持っている時だけだ。……何も持っていない時に、受け止めきれないような直線的攻撃が来たら、どうする?」
「どうするって、そりゃ……避けるしかねぇだろ?」
きょとんとしながら答えるレクスに、クロウはゆっくりと肯く。
「ああ。普通はそうだろうな。……でも、もう一つの選択肢があるんだ。多分、レクスなら出来ると思ってな。今のうちに教えておこうか。」
小さく笑いながら語るクロウに、レクスは首を傾げていた。
「もう一つの選択肢? 受け止めきれないなら、避けるんじゃねぇのか?」
「普通は、な。でも、後ろに人がいたりすれば避けられない状況も出てくるだろう。……その時は、相手の攻撃を、思い切り横から蹴るんだ。そうすれば、自身の身体で攻撃を逸らすことができる。」
「横から蹴る? そんなこと、出来るのかよ。」
怪訝そうに眉を寄せるレクスに、クロウは修練をする時の得物である、木製ナイフを取り出してくるりと回してみせた。
にっ、と眦を下げる。
「ああ。もちろんだとも。タイミングさえ掴めば、自ずと身体で反応出来るようになる……って言っても、過信は禁物だけどな。基本的にはレクスのさっきの言った通り、武器を持っているならそれに越したことはないし、自身を守る為にも避けることが大事になるはずだ。……だが、レクス。どんなことがあるかわからないのが、傭兵って仕事だ。覚えといて損はない。……少し、練習してみようか?」
不敵に笑うクロウに、レクスは少々むっとしたように唇を曲げた。
師匠といえど、何処かその得意げな表情が癪に障ったのだ。
「……わかったぜ、クロウ師匠。やってやんよ。」
「その意気だ。……手加減はしないぜ? レクス。」
「言ってろ、師匠。……ぜってぇ超えてやる。」
「そりゃ、楽しみだな。……行くぞ?」
そんな会話をしながら、レクスは攻撃を見切る修練をアルス村に帰る前、クロウと行なっていた。
ダンジョンではついぞ使うことのなかった技法。
しかし、それは日常で起こった非日常に対処するため、その陽の目を浴びる事となる。
◆
(……今だ! 上手くいってくれよ!)
レクスが一瞬のタイミングを見計らった直後、蹴撃は放たれた。
足を大きく捻り上げ、回し蹴る。
拳の側面。打ち据えた。
もしも今失敗すれば、レクスは後ろの少女と男の子を道連れに潰されてしまうだろう。
だが、レクスは。
そのタイミングは完璧であり、上手くいったという実感があったのだ。
そして、打ち据えた途端。
どしゃん、と鈍い音が響く。
レクスは、驚きに目を見開いていた。
(……は!?)
レクスの蹴撃が打ち据えた瞬間、異形の拳が弾け飛んだのだ。
もちろん、レクスは思い切り蹴り抜いたつもりだが、異形の巨人の拳を破壊する程の威力があるとは思っていなかった。
むしろ、「思い切り蹴り抜けば反らせる」くらいに思っていたのだ。
片腕をもがれた巨人は仰け反り、二、三歩後ろに後退する。
巨人に痛覚はあるのか無いのか、レクスにはわからなかった。
だが、少なくとも一体の巨人が痛手を負い、膝をついたのは事実だ。
ちらり、と。
レクスは自身が履いているツヤツヤとした黒い革靴に目を遣った。
(……もしかして、こいつのせいか?)
この靴は、ダンジョンでレクスが宝箱から拾ったものだ。
たまたま今日の外出に履いていこうか、と。
ただそれだけの理由で履いてきたこの靴だが、どうやら何か秘密があるらしかった。
レクスの脚力だけでは、絶対にそんな力を出せるはずはないのだから。
(……まあ、それは後だ。今は……。)
レクスはくるりと少女へ振り向き、視線を合わせた。
「あんた、大丈夫か!? ……ってネリー!?」
修道服の隙間から覗く黒い髪と、うるうると恐怖心のせいか潤んだ薄紫の瞳。
レクスはダンジョンで出会った少女……ネリーの事をしっかりと覚えていた。
「レクスさぁーん! 怖かったよぉー!」
「……ネリー、とりあえずこっから離れろ! ここは俺たちが何とかするから!」
「わ、わかったぁー。……さあ、早くぅー!」
「……う、うん……!」
ネリーはレクスの言う通り、男の子を抱え込んで駆けだした。
そんなレクスの後ろから、ごう、と風切り音が聞こえていた。
振り下ろされる拳の音。
レクスはすでに、それを察知していた。
身体を捻りながら、足を蹴り抜く。
迫る拳に振り向いた、その途端。
「「ダークネスバースト! フォルテ!」」
黒い二つの闇の光球が炸裂し、レクスに迫る拳を押し退けた。
ふわり、と。
蝙蝠の翼を羽ばたかせ、紫の髪をした少女が舞うようにレクスの前へ降りたつ。
紫のチュニックが風を受け、フリルのついたミニスカートがはためいていた。
「……レクスくんに、手出しはさせないよ!」
腕を前に出し、掌を構えたマリエナが巨人を睨んでいた。
そして。
「おねーちゃんの敵、ですね。……ぶっ倒しちゃいますか。」
もう一人の見慣れない少女が、マリエナと同時に織り立っていた。
ショッキングピンクの髪色に、色っぽい紫紺の瞳。
纏っているのは、漆黒のドレスを纏った美少女だった。
否。
レクスが見慣れない、は不適当であった。
レクスは、その少女の姿《《そのもの》》は見覚えがあったからだ。
なぜなら。
少女は髪色と瞳の色、服を除いた全てが。
マリエナと、《《瓜二つ》》だったのだから。
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